SDGs

アフリカの大雨と日本の猛暑 【舟越美夏×リアルワールド】

標高3800メートル付近にある氷河湖=ネパール・ヒマラヤ中部(筆者撮影)

 9月半ばなのに、真夏のような照り返しだ。アスファルトの駐車場を歩きながら、30年前に赴任した東北の夏を思った。憂鬱(ゆううつ)な梅雨や強烈な太陽に悩まされず、台風もめったにない、九州育ちの私には別世界だった。それも今や昔話だ。東北にも南国のような大雨が降り、友人の自宅と畑は洪水に浸(つ)かった。私が住む福岡県では猛暑日の更新が続いた。「飢えの時代」。氷河が消えゆくヒマラヤを昨年、取材して以来、この言葉が頭の隅から消えない。

 世界で最も高い位置にあるヒマラヤとヒンドゥークシの山岳地域は、ネパールや中国など8カ国にまたがり、20億の人間と多様な動植物の命を支えてきた。その姿に圧倒されたが、氷河と雪など大量の水を保有し、地球のメカニズムの調整役でもあると知り、畏敬の念を抱いた。しかし人為的要因による温暖化で、氷河や雪が急速に消えつつある。ネパールに本部を置く政府間機関「国際総合山岳開発センター」(ICIMOD)は、このままでは人間と動植物が壊滅的な影響を受けると警告した。

 新たな災害も警戒されている。「内陸の津波」だ。氷河の融解で出現する「氷河湖」が何かのきっかけで決壊し、湖水が濁流となり下流域を津波のように襲う。ICIMODによると、面積が3千平方メートル以上の氷河湖は、ネパール、中国、インドの3カ国だけで3624ある。昨年10月、豪雨でインド北部の氷河湖が決壊し、下流域で100人以上が死亡・行方不明となった。今年8月、ネパールでは、エベレスト街道のターメ村が壊滅的な被害を受けた。

 気候変動に起因する悲劇は連鎖する。災害で田畑を失い、あるいは農作物が実らず飢えが広がると、人々は住処(すみか)を移動せざるを得なくなる。それは社会を不安定にし紛争が起きる。アジアでは2022年、自然災害で2026万人が移動した。ICIMODは気候変動への適応策を提言しているが、温暖化のスピードが速く、国際支援なしには住民に広がらない。

 国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)のスティル事務局長は「地球温暖化が政治家の課題から抜け落ちている」と指摘する。国連の再三の警告にもかかわらず、温暖化の最大の原因である二酸化炭素の排出量は昨年、過去最高になった。9月、大型化した台風で中国やベトナム、ミャンマーに甚大な被害が出たほか、世界各地で洪水が起きている。だが人為的要因は声高に語られない。私たちはどんな地球を次世代に渡すのだろうか、と思う。

 アフリカのサハラ砂漠周辺で大雨が降ると、日本は猛暑になるという。三重大学の立花義裕教授が解明し、3年前に発表した説だ。確かに、今年は西アフリカで洪水が断続的に起きている。私たちは繋(つな)がっているのだ。日本の二酸化炭素排出量は世界5位。彼の地で起きる飢えと紛争は私たちと無縁ではない。暑さをしのぐだけではもう遅い。災害を乗り越えてきた日本だからこそ生まれる、知恵と技術がありそうなのだが。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 40からの転載】

舟越美夏(ふなこし・みか)/1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。