社会

ディープフェイク性犯罪が拡大 【平井久志×リアルワールド】

 IT先進国といわれる韓国で「ディープフェイク性犯罪」が大きな社会問題になっている。

 「ディープフェイク」とは、生成人工知能(AI)の学習を意味する「ディープラーニング」と「フェイク」(偽)を合成した言葉で、AIで作成した偽画像のことだ。

 秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」を舞台に、女性の顔写真と性的な写真や動画をAIで合成して偽画像・動画を作り、それをチャットルームなどで共有することが広がっていることが分かり、韓国社会に深刻な打撃を与えている。

 さらに問題が深刻なのは、加害者も被害者も10代の若者が中心になっていることで、教育現場でも不安が広がっているという。

 この問題を最初に報じたハンギョレ新聞によると、テレグラムのあるチャンネルに入ると、すぐ「今すぐ好きな女性の写真を送って下さい」というメッセージが表示され、女性の画像を投稿すると5秒で性的合成画像が生成されたという。ここでは2枚目の写真までは無料で、その後は有料になる。写真1枚当たりの料金は1ダイヤ(0・49ドル、約70円)、10ダイヤ単位で購入可能で、購入量が多いと割引されるという。決済は仮想通貨で行われ、同紙によると、このチャンネルの利用者数は8月21日時点で22万7千人以上に達している。

 朝鮮日報によると、SNSのX(旧ツイッター)に上がった「テレグラムディープフェイク被害学校リスト」には、実際の被害状況の確認ができているかどうかは不明だが、8月26日現在で、全国477小中高校名が掲載されているという。

 与党「国民の力」の趙恩禧議員が警察庁から入手した資料では、偽映像関連犯罪は、2021年は156件、22年は160件、23年は180件と年々増加している。その被疑者の中で10代は、21年は78人中51人(65・4%)だったが、23年は120人中91人(75・8%)と増加し、今年1~7月では立件された被疑者178人中131人と73・6%を占めた。

 教育省によると、今年1月から8月27日までに届けのあった「ディープフェイク」による被害者196人のうち児童・生徒は186人。中学生が100人と最も多く、高校生が78人、小学生も8人含まれた。児童生徒だけでなく、教師も10人が被害を届け出ていた。

 10代の女子生徒たちはSNSに自分の写真などを上げると、自分が知らないうちにその画像が性的な偽画像にされてしまうのを恐れ、写真を削除する動きも出ており、SNSに思い出も残せないような状況が生まれている。

 生徒から性的な偽画像を作られた教師は「教師として、自分の人生が台無しになった気がした。これから子どもたちを信じられるか、分からない」と訴えているという。

 AIを使った技術は他の国にもあるが、なぜ韓国でこんなにも問題が深刻化しているのだろうか。専門家たちは、韓国では小さい時からIT関連の技術的な教育が行われているが、そうした技術がもたらす弊害などについての教育が十分ではないと指摘する。

 ハンギョレ新聞は「構造的な性差別に触れないまま、過ちを犯した個人をあぶり出し、共同体から追い出すという安易なやり方ばかりを繰り返していては、さらに大きな問題が発生せざるを得ない」という専門家の意見を紹介した。

 この問題に苦しむ韓国の姿は、明日の日本かもしれない。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 39 からの転載】

平井久志(ひらい・ひさし)/共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞、朝鮮問題報道でボーン・上田賞を受賞。著書に「ソウル打令 反日と嫌韓の谷間で」(徳間文庫)、「北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ」(岩波現代文庫)など。