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「光る君へ」第四十六回「刀伊の入寇」 「源氏物語」を書き上げたまひろは、本当に「終わってしまった」のか【大河ドラマコラム】

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。12月1日に放送された第四十六回「刀伊の入寇」では、大宰府への旅に出た主人公まひろ(吉高由里子)の姿が描かれた。

 前回、「源氏物語」を書き上げたまひろは燃え尽き症候群に陥ったように、藤原道長(柄本佑)に申し出て、旅に出た。続くこの回では、訪れた大宰府で20年ぶりに再会した周明(松下洸平)に「私はもう、終わってしまったの」とこぼしていた。だがこの回では、そんなまひろのネガティブな気持ちを打ち消すように、人生の深みを感じさせるせりふがいくつも飛び出した。

(C)NHK

 周明に案内されて訪れた太宰府の政庁で、大宰権帥として赴任していた藤原隆家(竜星涼)のもてなしを受けるまひろ。その際、都で負傷した目の治療を大宰府で受け、視力が回復した隆家は、まひろにこう告げる。

 「目が再び見えるようになったら、違う世が見えてきた。内裏のような狭い世界で、位を争っていた日々を、実にくだらぬことであったと思うようになったのだ」

 私たちも、同じことを繰り返す日常に行き詰まったとき、環境を変えることで視点が変わり、新たに気付くことも多い。そんなことを思い出させてくれる言葉だった。さらに隆家は、こう付け加える。

 「いくら栄華を極めても、病には勝てぬ。それが、人の宿命だ」

 シンプルに「健康第一」ということだが、これまで劇中で志半ばにして早逝した藤原道兼(玉置玲央)や一条天皇(塩野瑛久)、三条天皇(木村達成)のことを思い出すと、この言葉がより実感を伴って迫ってくる。

 一方、大宰府から遠く離れた都で繰り広げられた藤原倫子(黒木華)と赤染衛門(凰稀かなめ)のやりとりも心に残った。夫・道長の栄華を書き残してほしいと倫子から依頼を受け、執筆を開始した赤染衛門。ところが、赤染衛門が書き始めた物語を読んだ倫子は、「これ、宇多の帝から始まっているわ。殿がお生まれになるより、はるかに昔だけれど…」と尋ねる。この言葉に赤染衛門は「藤原を描くなら、(7世紀中頃の)大化の改新から書きたいくらいにございます」と前置きした上で、次のように力説する。

 「『枕草子』が亡き皇后・定子さまの明るく朗らかなお姿を描き、源氏の物語が人の世の哀れを、大胆な物語にして描いたのなら、私がなすべきことは何か、と考えますと、それは、歴史の書であると考えました。かな文字で書く史書は、まだこの世にはございませぬ。歴史をきちんと押さえつつ、その中で太閤さま(=道長)の生い立ち、政の見事さと、その栄華の極みを描き尽くせば、必ずや、後の世までも読み継がれるものとなりましょう」

 その勢いに気圧された倫子は「もう、衛門の好きにしてよいわ」と快く認める。放送時、SNSでは赤染衛門の歴史オタクぶりが話題になったが、自らのなすべき使命を見つけた人間の熱い思いにあふれた言葉だった。倫子の結婚前から学問を指南していた赤染衛門はこのとき、かなりの高齢のはず。それでも、ここまで熱い思いをぶつけられるものを見つけられる人生は、すてきなことではないだろうか。

 このほか、周明から越前での別れを経て太宰府に至る紆余(うよ)曲折を聞いたまひろが口にした「ここには居場所があったのね」という言葉も、人生とは居場所を見つける旅なのかも、と思わせるものがあり、印象的だった。

 このように、年齢を重ねるにつれ、味わいを増す人生の妙を感じさせる言葉の数々を振り返ってみると、「私はもう、終わってしまったの」とこぼしていたまひろも、まだまだ終わったとは思えない。さらにそれらの言葉は、物語を見守る視聴者の胸にも響いたはずだ。それが説得力を持つのも、ここまで1年間積み重ねてきた物語の裏付けがあればこそ。これもまた、大河ドラマならではの魅力といえよう。九州沿岸から賊が侵入した「刀伊の入寇」と呼ばれる歴史的事件に巻き込まれたまひろが目にしたこの回の衝撃的なラストを踏まえ、物語がどのような結末を迎えるのか。残り二回、心して見守っていきたい。

(井上健一)

(C)NHK