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【はばたけラボ 連載「つなぐ」】男性育休取得率上昇で職場環境はどう変わる? 取得率1%時代と100%時代の社員をつなぐ

 未来世代がはばたくために何ができるかを考えるプロジェクト「はばたけラボ」。ウェルビーイングな暮らしのために、異なるものをつなぐことで生まれる「気づき」を大事に、いろんな「つなぐ」をテーマにつづる連載シリーズ。初回は、急速に広がる男性育休取得をめぐり、グリコの中堅社員と若手社員をつないでみた。

育児擬似体験会である「Co育てトライアル」で保育園児と遊ぶグリコの社員

▼男性取得率1%時代と100%時代

 男性の育休への意識は近年、急速に変化している。2000年には、全国の男性育休取得率は1%以下。10年時点でも3%を超えなかった。そんな中、男性育休取得促進に取り組んできたのがグリコだ。2年前から、社員向けの育児疑似体験会も始めた。昨年11月に行われた同会の様子をのぞいてみた。

ファザーリング・ジャパン関西の前理事長・篠田厚志さん。「子育ては大変なことであり、子どもの笑顔や環境を守ることがグリコのスピリットだと社員に知ってもらう。グリコはそのための取り組みをしていると感じます」

 二男一女を育てる、ファシリテーター役のファザーリング・ジャパン関西の前理事長・篠田厚志さんが、2010年ごろの状況を教えてくれた。

 「当時、人事の仕事をしていたので、男性が育休を取れるのは知ってはいたけれど、取っている人は一人もいなかった。上司にぶち当たって『取りたいです』と言う勇気もないし、そもそもどうしたらいいの?みたいなのがあったんです」

 体験会に参加したのは、40代の中堅社員2人と、20代の育休取得目前の社員1人。

 人事部のグループ長として健康経営や労務管理を担当する松居和裕(まつい・かずひろ)さんは、小6と中3の二女の父親で、社員に育休制度を説明する立場だ。「日本全体でいえば1%の取得率の時期だったので、妻のワンオペだった。私は週末しか子どものことができなかった」

 技術開発部装置開発グループのリーダーで、6歳と小6の二男のパパである宮升(きゅう・しょう)さんも、状況は似ている。「子どもが産まれて3日後にもう仕事だった。その時は気にしてなかったが、2〜3年後、嫁も自分も精神的に追い込まれていた。二人とも出身が中国で、友達作りもあまり上手ではなく、子どもを任せられるような第三者がいなかった」

 グリコは、21年に「Co育てMonth」を導入し、男性の1カ月育休取得を必須とした。したがって、同社の男性育休取得率は100%だ。同じ会社で働くパートナーの出産を1月に控えている古谷翔太郎(ふるや・しょうたろう)さんは、すでに育休取得を決めていた。「産まれてすぐか、里帰り出産から帰ってきたタイミングか」。話題の中心は「いつ取るか」だった。

育児擬似体験会である「Co育てトライアル」に参加したグリコの社員たち

▼想像の子育てと実際の子育て

 半日間を保育園児と共に過ごした3人。見知らぬ大人の周りに、ブロックや絵本を手にした子どもたちが集まってくる。あっという間に彼らは教室に溶け込んでいた。

 「初めての子育て」のトライアルのつもりで参加した古谷さんは普段、生産設備を設計する仕事をしている。自分の意思で遊具間を行ったり来たりする1歳児クラスの子どもたちを、興味深そうに見つめていた。「育休制度とか勉強して、ある程度知っているつもりだった。でも今日、知っているのとできるのでは全然違うと思った」

 子どもに対するイメージも違った。「もっと人見知りしたり、あるいはもっと子どもっぽく無邪気にはしゃぐのかと思っていた。1歳の時点できちんと一人一人に自我があって個性がある」。子どもとの関わり方にも目を留めた。「大人は言葉で伝えられるが、子どもとは言葉なしでコミュニケーションを取らないといけない。かつ個々人で違うし、平等に接するのもとても難しい。予測不能な動きもする。やってみないとわからないことだった」と振り返った。

1歳児クラスで子どもと関わる古谷翔太郎さん

▼男性育休取得促進のジレンマ

 育休を進めていくと必ず起きるジレンマがある。男性育休に取り組みたい企業を支援してきた篠田さんは、育休取得の課題について説明する。

 「育休を取るのって、経営者からすると単純に人が減るので、取ってもらう必要があるんだろうけれども、取ってもらいたいかというと・・・というのが出てくる」

 現場においても、男性育休取得者の増加が新たな問題を生んでいる。残っている人たちに育休中の人の仕事が振られ、「負担感が増える」ことだ。「負担が増えるのに給料が上がらないし、手当てがつくわけでもない。子育て社員以外の人のケアという問題が出てきている」(篠田さん)

 しかし、グループ内に育休を取得するメンバーを抱える宮さんは、あらかじめ「計画」することで問題は回避できるとした。「妊娠は10カ月ある。子どもが産まれるのは10カ月後。女性社員は妊娠中もいろいろあり予測できない部分があるが、男性の育休取得はほぼ計画できる。妊娠した時点で会社に登録しているのだから、あの人が休むから困るというのは、僕は間違っていると思う」

砂場で子どもと遊ぶ宮升さん。「皆が子どもを育てるのに楽な環境をどうやって作るか」を考えたくて参加した

▼つながった中堅社員と若手社員

 40代と20代、男性育休の環境にギャップのある社員同士がつながることで生まれた「気づき」とは。

 宮さんは、職場に「子育てしやすい雰囲気」を作ることを強調した。

 「制度があるので休んでくださいとか、フレックスがあるからと伝えるだけなのはちょっと違う。本人がどういう気持ちになっているか、精神的にどうかを、職場の上司や同僚に言いやすい環境を作ること、そういう組織文化が非常に大事だと思っています」

 園児との関わり方から、宮さん自身が「子育てを相談しやすい上司」であることは容易に想像できた。直属の部下である古谷さんについて、「もうすぐお父さんになるので非常にワクワクしている様子」と温かい視線を送る。ただ、「自分が子育てした時のやり方は、あまり言わない」と決めていた。時代も制度も変化し、「今の人は、今の形で、横でサポートしていった方がいい。何かあったらサポートしてあげたい」と見守る構えだ。

「実は、自分は子どもがケガをした時ぐらいしか、会社に言えなかった。自分も、もうちょっと上司に相談したら良かったかな」と話す宮升さん

 時代は急に変わった。子どもがいても、乳幼児期の育児経験が希薄という40、50代男性は少なくないはずだ。松居さんは、「今は男性もしっかり育児参加している。少しの時間だけだったが、フレッシュな気持ちで育児の大変さを理解できたかなと思う」と感想を述べた。

 制度を運用する上で意識していきたいのは、若い世代の「価値観」を踏まえた対応だ。「僕ら世代、40代後半になると、自分の働き方をベースに語ってしまうところがあるので、そうじゃなくて、その人たちの目線に立って、その人たちが働きやすい環境づくりをしないといけないと感じた。気持ちよく休みを取れて、気持ちよく休職中の方の仕事をフォローするというのが、仕組みとして必要かなと思う」

「自分の子育ては一段落しているので、改めて子育ての大変さを理解しているか体験してみようと思った」という松居和裕さん

 「もう子育て終わってるやん(笑)」

 体験会への上司の参加を知った古谷さんは、「『皆さん、参加してくださいね』と言うだけじゃなくて、(先輩たちが)こういったトライアルに参加することが、まず、すごい」と敬意を示した。

 同世代とは子育てについて話すが、男性の子育てコミュニティーはまだ層が薄い。古谷さんは、「先輩たちが自ら参加し、同じ立場になって話す機会をくれたことはありがたい。横も縦もつながったほうが知見が広がるので、40代、50代、60代の方とも関わって、これからもアドバイスをもらいたい」と希望した。中堅世代は助言を控えようとしたが、彼らも一人一人が貴重な「子育て先駆者」だ。

▼「子育て」が教えてくれること

 「子育て」がメインテーマだったが、今回、別の「気づき」もあった。ファシリテーター役の篠田さんが、今回のつながりで得た「気づき」だ。

 「一番強く印象づけられたのは、『一人一人違う』。ダイバーシティに対する視点。子どもでさえ個性があるわけなので、これは一歩進めると、職場に戻ったときに、部下や同僚にも個性があることに気づけるということ。これは、今回の取り組みの想定にはなかったものです」

育児疑似体験会の事後ワーク「今日の気づき」

 篠田さんは、「幼少期に父親と一緒にいる時間がほぼなかった」経験から、「妻と同じだけ子どもと関わりたい」と漠然と思っていたという。だが、時代が変わって、若い世代が自ずと子育てに燃えるようになったかというと、別にそうではない。古谷さんは、「どちらかというと仕事が大好きで、仕事ばかりしている仕事人間。でも、『産まれたら変わる』とみんなが熱弁していた。自分も変わるのかな」と笑う。

 「みんな」が古谷さんにそう語りかけたのも、育休取得が「当たり前」の職場環境がもたらしたのかもしれない。「子育ては『みんなが通る道』だからとアドバイスをいただいてきた。まだ私も通ってないけれど、『みんなが通る道』であることを私自身が示して次につなげたい」と頼もしい口ぶりだ。

 この4月1日から、育児休業給付金の手取り相当額が10割に引き上げられる。男性育休取得者がますます増えていくなか、子育てにまつわる職場環境がどうアップデートされていくのか、行方が楽しみだ。


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