社会

新年のメッセージに託されたもの 【舟越美夏×リアルワールド】

 「新年があなたに健康と幸福、平穏な日々をもたらしますように」。近所の寺が除夜の鐘を鳴らし始めたころ、携帯電話のアプリに何人かの若者たちからのメッセージが入った。「あなたにも・・・」。返信を書き始めたが、手が止まった。

 若者たちは、軍事政権下のミャンマーで、抵抗勢力の一員としてジャングルで戦っているか、街中で密(ひそ)かに抵抗運動を続けているか、なのだ。幸福で平穏な日々。彼らには、容易には手にできないものだ。それでも平穏な国に住む私に、この言葉を送ってくれる。その心情を思い、胸がちくりと痛んだ。

 ミャンマーで軍事クーデターが起きてから2月で4年になる。国際社会が沈黙する中で、若者たちは「自分たちでやるしかない」と、国軍と対峙(たいじ)するための戦闘訓練を少数民族に請うたのだ。無駄な抵抗だと、国際社会の大半は考えたろう。国軍は今、劣勢にある。だが停戦への道は見えない。

 懸念の一つは、混乱で司法が届かない地域に犯罪グループが入り込み、違法薬物生産やオンライン詐欺などの闇経済を成長させていることだ。

 昨年12月、国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、ミャンマーのアヘンとヘロインの生産量が2023年に続き24年も世界一だったと発表した。

 背景にあるのは二つ。アフガニスタンのタリバン暫定政権が、原料のケシの栽培を禁止したこと。内戦の激化で困窮した農民が、繁殖力が強く確実な収入になるケシ栽培に頼らざるを得なくなったこと。犯罪グループは、農民から買い付けたケシで違法薬物を生産し、それがアジア太平洋各国に密輸される過程で、国軍や武装勢力、政治家らにも莫大(ばくだい)なカネを落としている。

 北東部シャン州。軍事政権に戦いを挑む少数民族武装勢力、タアン民族解放軍(TNLA)は、国軍司令部の町を攻略するなど支配地域を広げている。だが国軍は空爆を続け、周辺地域の道路を封鎖している。物価が高騰し、農業もままならない。

 「農民が生き延びるには、ケシ栽培を黙認するしかない」とTNLA傘下の警察部隊員、マイパンアウンさん(35)は説明し、農業技術や農作物の種の支援などを国際社会に期待する。支配地域の統治を目指すTNLAは「国軍との停戦協議より、コミュニティーの再建が優先する」と主張し、その一環として薬物依存者のためのリハビリセンターを設置した。

 UNODCミャンマー事務所のヤッタ・ダコワ代表は「持続可能な収入につながる機会を支援することで、ケシ栽培への依存を減らせる」と訴える。しかし国際社会の関心は薄い。

 国軍のミンアウンフライン総司令官は昨年11月、中国で李強首相と会談し、権力維持に自信を深めたようだ。抵抗勢力側は資金不足、分裂に苦しむ可能性もある。ヤンゴンのミャンマー人ジャーナリストは「2025年は、さらに血が流れる厳しい年になる」と予測する。

 「10年後、僕が生き残っていたら、自宅で家族と平穏な日々を過ごしながら社会の再建に尽力しているでしょう」。ジャングルで戦う若者の一人が語った言葉を忘れることはない。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 3からの転載】

 

舟越美夏(ふなこし・みか)/1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。