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XR、AI・・・、時代変化に応じたスキルを身につける ラボ併設の日総テクニカルセンター愛知オープン 「未来を見据えた人材育成の拠点に」と藤野社長

中央が日総工産の藤野社長

 

 日本初の女性首相に就任した高市早苗氏は、先の所信表明演説で「日本の最大の問題は人口減少であるとの認識に立ち、子ども・子育て政策を含む人口減少対策を検討していく体制を構築します。人口減少に伴う人手不足の状況において・・・」と、喫緊の課題が人口減であり、それに伴う働き手の不足であることを明確に指摘した。

 人手不足の要因はさまざまな分析がある。一つに、企業側が求める人材の能力と、働きたい人との能力との「ミスマッチ」が起きていることが挙げられる。

 自動車、半導体などの製造現場を見ても、工場の自動化やAI(人工知能)の発達に伴い、労働環境は激変している。そんな中、製造業向けの人材派遣大手の日総工産(横浜市)は10月29日、時代の変化に応じ、クロスリアリティー(XR=エックスアール)やAI関連のスキルを身につけるラボも併設した人材育成施設「日総テクニカルセンター愛知」を愛知県豊田市にオープン。開設式典で、日総工産の藤野賢治・代表取締役社長執行役員はセンターについて「未来を見据えた人材育成の拠点にしたい」と強調した。

式典であいさつする日総工産の藤野社長

 

▼9カ所目

 この日の式典には、来賓としてトヨタ自動車、トヨタ車体、トヨタバッテリーや、愛知県が設置した職業能力開発施設の三河高等技術専門校(本校・岡崎市)の各関係者、そして、地元自治体の豊田市産業部産業人材活性課の担当者ら計36人が出席した。日総工産の自社研修施設としては9カ所目となる。

 日総テクニカルセンター愛知は、名古屋から1時間ほど電車に乗り、名鉄豊田市駅から歩いて約10分の立地。施設の総面積は634平方メートルで、年間500人の日総工産社員に向けた人材育成拠点となる。研修のコンテンツとしては、日総工産の取引先で働く、自社の従業員の配属前自動車製造の基礎を学ぶことを中心とする一方で、愛知県内の自動車メーカーなどからのニーズを取り入れ、工場内の設備、ロボットなどの保全業務に向けて、実際にある機器を用いた実践力が身につく独自プログラムも展開。また、取引先の社員を対象にした研修受託サービスも提供するという。

 式典の冒頭、藤野社長は「自動車の組み立ての現場では、どんどん自動化が進み、これまでの環境が大きく変わっています。われわれとしてはこのセンターで、より新しくなっている現場の変化に対応し、メーカー様から必要とされる人材の育成を、地域のみなさまの声を聞きながら、提供していきたい」とあいさつ。その上で開設の狙いについては「現場に近い形で派遣先の取引先のメーカー様などで活躍できるような研修環境を構築しながら、XRなどのこれからの製造業を支える先端技術に対応できる教育カリキュラムを充実させ、未来を見据えた人材育成を進めていきます」と語った。

締めのあいさつをするNISSOホールディングスの清水社長

 

 出席した来賓の一人一人が「このたびの開所、おめでとうございます」などとあいさつした後、日総工産の親会社、NISSOホールディングスの清水竜一・代表取締役社長執行役員が締めの言葉を述べた。

 清水社長は「われわれの経営理念は『人を育て 人を活かす』でございます。市場から求められる人材として、働く方々のキャリアチェンジ、あるいはリスキリングをどのようにしていくかが、とても大切なことだと考えております。そのためには、お客様から、こんな人材がほしいという要望や、問題提起をしていただき、人材育成のカリキュラムなどを拡充させたい」と話した。

 さらに清水社長は「最近の若い方々は、日本の製造現場に魅力をあまり感じないのでしょうか、(このセンターを通じて)もの作りがいかに素晴らしいかということを伝える、お手伝いができればうれしいです」とした。

 

▼XR活用で同時研修も

 式典終了後、日総工産の関係者らによる、来賓客への施設の案内が行われた。日総テクニカルセンター愛知は、大きく二つのスペースに分かれている。自動車などの製造現場でベースとなる基礎的教育や設備の保全業務を学ぶ「トレーニングルーム」と、「最大の特徴である、これから必要とされる人材の育成のための研究施設」(藤野社長)となる「ラボラトリー」だ。

 「ラボラトリー」は目的別のスペースやルームに仕切られている。機械設計・生産技術ルームでは、ものづくりのための3D設計ソフトであるCATIAを用いた実習を行い、XR開発愛知Labと名付けられたスペースでは、XRの学習はもとより、XR開発エンジニアによる取引先に向けたソフトウェア開発までを担う。

 自動車製造においては、これまで数十から数百の部品を組み合わせていた車体の一部を、大型の鋳造装置でアルミニウム合金を一体成形する技術である「ギガキャスト」が注目されている。

「ラボラトリー」に設置されたCATIA実習用のパソコン

 

 このルームでは「ギガキャスト」をはじめとした自動車製造のこれからに着目し、「AI人材、ロボティクスエンジニアといった人材としてスキルを身につける環境を作っていきたい」(同)という。

 また「ラボラトリー」には、XR Showcase Hub(ショーケース ハブ)という、多人数で同時研修ができるシステムが備えられている。大きなめがねのようなディスプレー(VRゴーグル)を頭に装着し、半導体製造工場で、製品を取り出すという場面の映像が見ることができる。ディスプレーに映る製品を両手で取ろうとして、うまく取り出せない場合、赤色の警告表示が出るようになっている。このディスプレーは複数の人が同時に見ることができ、規定通りの動作確認という研修が同時に実施できる利点がある。遠隔地を結んでも可能だという。

 デモンストレーションをしてくれた日総工産の社員は「とてもリアリティーがあり、実際の工場に出かけていかなくても、作業の基本動作を身につけることができると思います」と話した。

 また、VR危険体感ができるスペースもあった。ゴーグルを頭に着けて、両手には弱い電流が流れるように電極が装着された手袋をはめた社員が、金属部品を裁断する装置を操作した。ゴーグルに映し出された映像を見ながら、手を動かしているうちに、「あっ!」という声をあげ、来賓客らからは驚きの反応があった。

 作業時に、装置の中に直接、手を入れてはいけないところ、誤って手で作業をしたため、警告として社員の手袋に弱い電流が流れ、注意を促すという仕組みとなっている。

「ラボラトリー」で社員がVRゴーグルを装着し、危険体感をしている様子

▼協働ロボットを配置

 「トレーニングルーム」は四つのエリアから構成されている。「危険体感エリア」「技能実習エリア」「多目的実習エリア」「FA(ファクトリーオートメーション)技術実習エリアに分かれる。

「トレーニングルーム」の「多目的実習エリア」に配置されたロボット

 

 特に目を引いたのが、自動車産業の施設に向けた配属前研修を行う「多目的実習エリア」で、協働ロボットが置かれていたことだ。製造現場で産業ロボットは基本、事故回避のため、その近くに立ち入ることができないが、ロボットの扱い方、修理の仕方などを学ぶために、実物を配置して研修を行うという。もちろん、研修用のロボットもセンサーがついて、安全に作業ができるようにしてあった。

「トレーニングルーム」の「技能実習エリア」のボルト締めボード

 式典後、取材に応じた日総工産の藤野社長は「ロボットも永久に動くわけではありません。人間同様に修理をするなどケアをしなければいけない。そのケアにも知識や技術が必要になってくるわけです。AI分析にしても、コーチングをするのは人間の役目です。最先端の製造現場では、それらを支える人、つまりバックヤードで活躍する方々がこれから不足してきますので、われわれとしては製造業界に人材を提供できる環境をしっかりと作っていきたい」と力を込めた。