英国版『National Geographic Traveller』の2025年1・2月合併号の表紙に、私が撮影した富士山の写真が採用されました。さらにこの写真を用いた表紙は、英国の権威ある出版賞「PPA Awards」(Professional Publishers Association(プロフェッショナル出版社協会))で「Cover of the Year」を受賞し、同じく「BSME Awards」( British Society of Magazine Editors(英国雑誌編集者協会))でもショートリストに選出されました。 雲海を突き破り、神々しく聳(そび)える富士山。実はこの写真は、以前、私が別の取材に向かうフライトの中で撮影したものです。
なぜ私だけが撮れたのか

当時、私はロイター通信のスタッフフォトグラファーで、サッカー日本代表戦の取材のために大分へ向かうANA便に乗っていました。
機内には同じ試合を取材する同業他社のライバルも多く乗り合わせていました。しかし、この富士山を撮影したのは私だけでした。
これは単なる偶然ではなく、ある種の「スクープ」でした。 なぜ私だけが撮れたのか。それは私が「撮るつもり」でいたからです。
運は必ずしも平等には降り注がない

写真は、よく「運」で語られることがあります。旅先での絶景や、二度と訪れない瞬間を捉えた一枚に対して、人は「運が良かったですね」と言います。
ですが、長年フォトグラファーとして現場に立ち続けている私が感じるのは、「運は必ずしも平等には降り注がない」ということです。 運は、準備をした人の上にだけ、静かに、しかし確実に降り注ぐものです。
決定的瞬間は常に「予測」して撮影する

極めて秀逸なタイミングを、よく「決定的瞬間」と言います。フレーミング同様、写真には大変重要な要素です。ただ、フレーミングと決定的に違うのは、あとでトリミングなどの修正が効かないことです。つまり、シャッターを押した瞬間に全てが決まるということです。
冷静に考えれば至極当たり前の話ですが、決定的瞬間は、その瞬間が起きる前から撮り始めます。 野球でバットがボールを捉えて歪む瞬間や、ボクサーの顔に拳がめり込む瞬間。それらが肉眼で見えてからシャッターを切っていては、人間の反応速度にはタイムラグがあるため、間に合いません。

そのため、その瞬間を撮るためには常に「予測」して撮影するのです。様々なことを想定してシミュレーションします。そのシミュレーションは多ければ多いほどいいでしょう。なぜならば、想定外の出来事が起きた場合、人は大抵ビックリしてシャッターを押すことを忘れ、見入ってしまうからです。これを我々プロ仲間の間では、一眼レフならぬ『肉眼レフ』と冗談で呼びますが、誰しも覚えがある苦い経験です。
旅の写真もこれと同じです。 航空会社のサイトなどでは、どちら側の席から富士山が見えるか確認できますし、新幹線ならE席(グリーン車はD席)が富士山側です。それはスポーツ撮影の現場で、選手のルーティーンや癖を観察し、「次に何が起こるか」を予測するのと何ら変わりがありません。
私だけのスクープ

機内で多くの人が休息を取る中、私はカメラを膝に置き、窓の外を凝視していました。眼下に広がったのは私の「妄想」をも超える光景でした。 分厚い雲を突き破って現れた、荒々しくも美しい富士の姿。 「キター!」 心の中で叫びながら、私は夢中でシャッターを切りました。同じ機内にいた他の誰も撮れなかった、私だけのスクープでした。

今回、ナショナルジオグラフィックのフォトエディターから「イケてる富士山の写真はないか」と連絡があった時、この写真を送りました。時を超えて評価されたのは、あの日の私が「移動」を「撮影」に変える準備をしていたからに他なりません。
「もしかしたら」という妄想を膨らませて

旅に出る皆さんに、ぜひお伝えしたいことがあります。 最高の瞬間は、いつ訪れるか誰にも分かりません。だからこそ、カメラ(あるいはスマホ)は常に手元に。そして、「もしかしたら」という妄想を膨らませて窓の外を覗いてみてください。その準備さえあれば、運は必ずあなたに味方してくれるはずです。
受賞に寄せて
花井さん、名誉ある賞の受賞、おめでとうございます!
第一回「#旅心フォトコンテスト by TABIZINE」の審査員長を務めていただいた同年に、このような朗報を一緒に喜べるご縁をうれしく思います。
「運は、準備をした人の上にだけ、静かに、しかし確実に降り注ぐもの」という花井さんの言葉に痺れました。旅取材も全く同じです。事前にリサーチし、現場を想像し、受け手の気持ちを思い描いて準備をした者だけが書ける記事があります。そこまで自らを突き動かすのは、「まだ誰も知らない魅力を発見して伝えたい」という好奇心と愛です。
花井さんの写真からは、撮る者の明確な「切り取る視線」を感じます。世の中への好奇心と愛を感じます。そしてその視点を持つ方法を、私たちにもわかる言葉で語れるところがまた素晴らしく、勇気づけられます。
今後ますますのご活躍、期待しております!!
TABIZINE統括編集長 山口彩

©︎Toru Hanai
TABIZINE
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