カルチャー

「食」こそ原点 藤原辰史教授と河原仁志調査会常務が対談 報道写真展「食の戦後史」で

 食べることは、生きること―終戦直後の飢餓から飽食まで、戦後日本の食と社会を101枚の報道写真でたどる写真展「食の戦後史―飢餓、飽食、美食―」が2月10日、東京都港区の汐留シオサイト地下歩道の特設スペースで始まった。入場無料で27日まで。

 写真展の図録にエッセー「死者たちからみた食の現代史」を寄稿した京都大の藤原辰史教授と主催者である公益財団法人新聞通信調査会の河原仁志常務理事が、写真展の見どころや意義について対談した。(敬称略、聞き手・石井勇人 共同通信アグリラボ編集長)

―写真展の狙いは。

河原 社会の分断が進む中、食の世界にも世代間の認識ギャップがあると思ったのが、テーマに「食」を選んだ動機です。戦後から現代までの食を見ることによって、それぞれの世代の人生観や職業観、社会との関わり方の違いを全体として俯瞰(ふかん)できるような気がしたのです。先生は氷河期世代ですね。

藤原 はい、氷河期のど真ん中です。私たちの世代は貧困という言葉が本当にリアルに自分の問題になり始めた時期です。「やっぱり食っていかなきゃいけない」「生きていないと何もできないよね」という議論が普通に成り立つようになりました。写真展では日比谷公園の「年越し派遣村」が取り上げられています。2011年の東日本大震災や東電福島原発の事故も、「食」の問題です。私はドイツのナチズムを研究しています。アウシュヴィッツの虐殺や国会議事堂の放火事件は大事なテーマだけれども、各家庭の台所事情やヒトラー総統が何を食べていたのかを理解しないまま政治や経済を論じても駄目じゃないかというのが私のモットーです。この写真展でも、台所、あるいは食の空間が、人間の暮らしだけではなく、生き方、考え方を変えていく原点にあることを感じます。

―食の戦後史は、食べ物が商品化していく歴史ですね。

河原 食べることと、いわゆる資本主義は相性が良くないと僕は思いますよ。資本主義は経済成長や効率を最優先するじゃないですか。食の効率化や便利を追求していくと、産業としては発展する一方、口蹄疫(こうていえき)や鳥インフルエンザ、食品偽装などさまざまな事件や事故が起きる。

新聞通信調査会の河原仁志常務理事

藤原 そうですね。資本主義と食って水と油だと思います。口蹄疫や鳥インフルエンザに伴う大量の殺処分は、近代農業、近代食文化のいわば「極み」、最悪な結末だと思います。大規模家畜生産のあり方そのものを反省しないまま、殺処分では、問題は何も解決していない。この写真展はそれを訴えていると思います。冷凍ギョーザなど食の信頼を問う写真や、リンゴの大量廃棄、ビニールに入ったままの食べ物が大量に捨てられていくフードロスなど強烈な写真がありました。食べ物を商品にすることの弊害がこの写真展に現れていると思うのです。

京都大の藤原辰史教授

―フードテックやスマート農業など技術の進歩に可能性はありますか。

河原 秋田の「きりたんぽ」ってありますよね。かつてはいろりを囲んで、ひっくり返しながら焼く。食事を作りながら家族の団らんや融和が進んでいた。台所、食べ物を作る風景が変わることによって、すさまじく家族の在り方や生活習慣が変わる。台所の空間こそが、人間の暮らしだけじゃなくて、生き方、考え方から変えていく原点だと感じます。

藤原 唐揚げやお総菜を詰めているロボットや培養肉の写真がありました。ロボット田植え機やキュウリの収穫ロボットも便利です。ただ、果たしてこれが進歩の物語なのかという問いの答えは、イエスでもありノーでもある。家庭のぬくもりや台所での会話が失われたという批判は、半分は当たっているけれど、台所に立つ人、基本的は女性の労力の軽減と解放が実現した。進歩としての結果に現れる二重性を見ないとこの写真展の深みが分からないと思うのです。

―他にどんな写真が印象的でしたか。

藤原 せわしなく弁当を食べる1990年代の金融ディーラーの写真は、豊かさや幸せとは何かを考えさせられる1枚です。億単位のマネーが動くディーリングルームの中で、昼休みを返上してコンビニエンスストアの弁当を無表情に食べながら仕事を続けている。折り畳みの椅子がテーブル代わりです。一方、43年に焼け野原となった東京の食事の風景は、家族で木箱を代用したテーブルを囲み、質素な食事だと思われるけれど、笑顔にあふれにぎやかです。終戦後の学校給食の再開でコッペパンに笑顔を見せる子どもたちも幸せそうです。時代は本当に進歩してきたのか、大きな問いが残りました。                 

写真展を見学する藤原教授

【プロフィル】

藤原 辰史(ふじはら・たつし)1976年北海道生まれ、島根県育ち。京都大で博士号(人間・環境学)取得。東京大講師などを経て京都大人文科学研究所教授。専門は農業史、環境史、食の思想史。2012年『ナチスのキッチン―「食べること」の環境史』で河合隼雄学芸賞。近著に『食権力の現代史:ナチス「飢餓計画」とその水脈』(人文書院、2025)。

河原 仁志(かわはら・ひとし)1982年共同通信社入社。福島支局、ニューヨーク支局などを経て経済部長、編集局長。2017~19年に東京大大学院情報学環でジャーナリズム論の講座を持つ。21年から公益財団法人新聞通信調査会常務理事。著書に『沖縄50年の憂鬱』など。近著に『異端―記者たちはなぜそれを書いたのか』(旬報社、2024)。

■報道写真展「食の戦後史―飢餓、飽食、美食」開催中

 東京・汐留地下歩道で2月27日(金)まで、入場無料。主催は公益財団法人新聞通信調査会。詳細は新聞通信調査公式サイト