ジョージ・ハリスンの遺族は憤慨していた。
というのも移民排斥などの過激な発言で知られる米共和党の大統領候補であるドナルド・トランプの娘イバンカさんが2016年7月下旬の党大会で登壇した際に、会場に流れたのがビートルズ時代のジョージの代表曲のひとつ「ヒア・カムズ・ザ・サン」だったからだ。
ジョージの遺産管理団体はツイッターに「ハリスンの遺産管理団体の遺志に反する不快な行為」だとトランプ側を非難する声明を出した。
ジョージが希望と再生をテーマに書いた同曲は、トランプの主張に相容れないという抗議である。ジョージ側は「“ビウェア・オブ・ダークネス”(暗闇に気をつけろ)という歌なら、認可していたかも」と皮肉も忘れなかった。
同日の共和党大会の大統領選候補としての指名受諾演説でトランプは持論を展開した。「私たちはこれから不法移民を止め、やくざ者を止め、暴力を止め、社会に流れ込む薬物を止めるために国境に巨大な壁を建設する(We are going to build a great wall to stop illegal immigration, to stop the gangs and the violence, and to stop the drugs from pouring into our communities.)」と。
具体的にはメキシコとの国境に壁を建設しようというのだ。
「壁」で思い出すのが、2009年2月に行われたイスラエルの文学賞「エルサレム賞」の授賞式での作家村上春樹氏のスピーチである。
村上氏はひとつメッセージを言わせてくださいとし、次のように述べた。「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます」(「村上春樹 雑文集」新潮文庫)。英文では“Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg.”
このメタファー(暗喩)の説明として村上氏は、爆撃機や戦車やロケット弾や白りん弾や機関銃は、硬く大きな壁であるとし、それらに潰され、焼かれ、貫かれる非武装市民は卵であるという。ただし、これはメタファーのひとつの意味にすぎないという。
より深い意味として、村上氏は、我々はみんな多かれ少なかれ「かけがえのないひとつの魂と、それをくるむ脆い殻を持った卵」であり、我々がみんな多かれ少なかれ直面している「硬い大きな壁」とは「システム」(The System)と呼ばれているものだという。
「そのシステムは本来は我々を護るべきはずのものです。しかしあるときにはそれが独り立ちして我々を殺し、我々に人を殺させるのです。冷たく、効率よく、そしてシステマティックに」と村上氏は語る。
村上氏が「壁」と呼ぶシステムに対する一種の「あきらめ」ともとれる歌が一昔前にあった。ピンク・フロイドの「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール パート2」である。この作品はハードな内容にもかかわらず、80年春に全米ナンバーワンを記録した。
歌詞を見ていこう。「教育なんてうけたくない。思想のコントロールなんてされたくない。教室の中での暗い皮肉など聞きたくないのだ。先生たち、子供たちを放っておいてくれ」(We don’t need no education. We don’t need no thought control. No dark sarcasm in the classroom. Teachers leave them kids alone.)。
続けて「先生!子供たちに構わないでくれ!だって所詮、壁の中のレンガでしかないのだ。あなただってとどのつまり壁の中のレンガのひとつにすぎないのだ」(Hey! Teacher! Leave them kids alone! All in all it’s just another brick in the wall. All in all you’re just another brick in the wall.)。
ここでいう「壁」は社会というシステムのことだろうか。村上氏がいう「システム」との共通性を感じずにはいられない。
ではこの壁を乗り越えるにはどうしたらいいのか。
ジョン・レノンに『心の壁、愛の橋』(Walls and bridges)という74年の作品がある。このアルバムはジョンが妻オノ・ヨーコと別居し、酒浸りで自堕落な生活を送っていた、いわゆる「失われた週末」の時代の作品である。
そのためかアルバムの大部分は喪失と孤独の音楽で占められている。「愛の不毛」(Nobody loves you 〔when you’re down and out〕)という曲すらあるくらいだ。つまり、「あなたが落ち込んでいる時には誰も愛してくれない」という歌である。
だが、光がなかったわけではない。例えば、「愛を生きぬこう」(Going down on love)というオープニング曲や「果てしなき愛」(Bless you)といった作品だ。
邦題がいみじくも表しているように「心の壁」を取り払い乗り越えるには、「愛の橋」を架けなければならないということなのだろう。
(文・桑原 亘之介)
桑原亘之介
kuwabara.konosuke
1963年 東京都生まれ。ビートルズを初めて聴き、ファンになってから40年近くになる。時が経っても彼らの歌たちの輝きは衰えるどころか、ますます光を放ち、人生の大きな支えであり続けている。誤解を恐れずにいえば、私にとってビートルズとは「宗教」のようなものなのである。それは、幸せなときも、辛く涙したいときでも、いつでも心にあり、人生の道標であり、指針であり、心のよりどころであり、目標であり続けているからだ。
本コラムは、ビートルズそして4人のビートルたちが宗教や神や信仰や真理や愛などについてどうとらえていたのかを考え、そこから何かを学べないかというささやかな試みである。時にはニュースなビートルズ、エッチなビートルズ?もお届けしたい。