『インサイド・ヘッド2』(8月1日公開)
少女ライリーを子どもの頃から見守ってきた「ヨロコビ」「カナシミ」「イカリ」「ムカムカ」「ビビリ」の感情たちは、転校先の学校にも慣れ、新しい友人もできたライリーが幸せに暮らせるようにと日々奮闘していた。
そんなある日、高校入学を控え、人生の転機に直面したライリーの頭の中で、謎の警報が鳴り響く。戸惑うヨロコビたちの前に現れたのは、最悪の将来を想像し、必要以上に準備してしまう「シンパイ」、誰かをうらやんでばかりいる「イイナー」、常に退屈で無気力な「ダリィ」、いつもモジモジして恥ずかしがっている「ハズカシ」という、ライリーが大人になるために生じた新たな”感情たち”だった。
人間の中にある感情たちの世界を舞台に描き、アカデミー賞で長編アニメーション賞を受賞したディズニー&ピクサーの『インサイド・ヘッド』(15)の続編。
前作に続いてメグ・レフォーブが脚本を書き、『モンスターズ・ユニバーシティ』(13)のストーリースーパーバイザーを務めたケルシー・マンが監督を担当した。
前作の、感情たちをキャラクターとして擬人化するという発想は面白いと思ったが、今回は主人公のライリーが思春期を迎え、さらに複雑な感情を抱くところがポイント。アイスホッケーをプレーするライリーの姿と彼女の中の感情たちの葛藤を並行して描くことで、サスペンス的な要素も引き出していた。
とはいえ、正直なところ、思春期の女の子の気持ちは自分には分からないと思っていたのだが、見ているうちに、自己嫌悪に陥ることが多かった大昔の思春期の頃を思い出してちょっと切なくなった。
これならライリーの成長に沿って何本も映画が作れるのでは、いや、それでは感情が増え過ぎて収拾がつかなくなるか、否、消える感情もあるかなどと、いろいろなことを考えさせられた。
そんなところから、ピクサーアニメは、子どもを描くふりをしながら、実は大人を意識して作られていることを示す1本という感じがした。
ところで、この映画を見ると、『47歳 人生のステータス』(17)のマイク・ホワイト監督にインタビューした際の、彼の言葉と通じるものがあると思った。
「何かが引き金となって、いろんな気持ちが浮かんできて、それがアップダウンすることがあります。例えば、嵐のときは家から出られませんよね。そんなときは、頭の中で気持ちが激しくアップダウンします。じっとしていても、気持ちはアップダウンしているのです。その人を外側から見れば、たいしたことはしていなくても、内側から見れば、それこそ生死に関わるような強烈なドラマが起きているんです」
※ケルシー・マン監督インタビュー掲載中。