ふむふむ

東京に昇る月 【コラム カニササレアヤコのNEWS箸休め】

レストランから見えた月

 スウェーデン人と月を観(み)る機会があった。

 その日私は都内のビルの屋上にあるレストランに足を運んでいた。3日前に知り合ったばかりのドイツ人になぜか気に入られて、「親しい友人達と一緒に私の誕生日を祝いたい」とメッセージをもらい、出会ったばかりで親しい友人の一人に数えてもらって大丈夫なのだろうかと多少訝(いぶか)りながら食事の会に出向いたのだった。そこにいたのが、「ドイツ人と飛行機で隣になった」というスウェーデン人の青年だった。国籍も年齢もバラバラな人達がポツリポツリと集まって、不思議なバースデーパーティーが始まった。

 ちょうど中秋の名月を数日過ぎた夜だった。19時頃会場に着くと、東京タワーの横に大きな丸い月が浮かんでいた。秋の澄んだ闇の中に青白く光る高層ビルの明かりと、白熱灯のような色の月がとても美しい。料理を注文する前にひととき、みんなが月を眺める静かな時間が流れた。

 メキシコ料理を食べながらお互いの生い立ちや仕事のこと、家族のことを話していたら、誰かが「月がもうあんなに高い」と呟(つぶや)いた。さっきまで東京タワーの横にあったのに、もう見上げるほどの高さまで昇っている。

 そのとき一番驚いていたのがスウェーデン人だった。いつのまにこんなに動いたんだろう、月がこんなに動くなんて、としきりに言うので「そんなに特別なことかな」と思って話を聞くと、「月が動くのを初めて見た」と目を輝かせた。

 スウェーデンは緯度が高い。そのため月があまり上下に動かず、長い時間眺めていても「月が動く」ということを実感したことがなかったのだそうだ。短時間のうちに月が目に見えて移動したことに、彼はとても驚いていた。私が当たり前に見ている景色が、彼にとっては生まれて初めて見る特別なもので、それを聞いて私もなんだか嬉(うれ)しくなった。

 ほとんどの人が初対面なのに、不思議な心地良さと安心感のあるパーティーだった。日本語ではなかなか恥ずかしくて話せないようなことも、言語を変えると話せるときがある。

 ドイツ人は「人生は花みたいだ」と話した。「美しく咲く日もあれば萎(しお)れることもある。でもまた新しい芽が顔を出す」。そんな詩的な表現を惜しげもなく口にする彼女の目はとても美しかった。

 あの日限りでもう一生会うことのない人も多いだろう。それでもあの夜、同じ月をそれぞれの目で見られたのは、とても豊かな時間だったと思う。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.46からの転載】

かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。