最初から最後まで、これほどフランス的な映画もなかなかないと思わせる作品の一つ。料理を芸術の域まで高める繊細な味覚と情熱、控えめで深く静かな愛情。印象派の絵画を思わせる風景の中で摘まれる素材と、会食の風景。音楽は一切ないが、ブイヨンをとり、肉を焼き、ソースを混ぜる音、厨房(ちゅうぼう)を歩き、ドアを開け、ワインを注ぎ、そしてカトラリーと皿のあたたかみのある音が躍動する。公開された映画『ポトフ 美食家と料理人』(トラン・アン・ユン監督)は、フランス料理の魅力全開の作品。しかも料理監修は、“厨房のピカソ”と呼ばれるあのピエール・ガニエールだ。
舞台は19世紀末のフランス。田園風景が広がる田舎のシャトーで、美食家ドダンは、朝食から料理人ウージェニーの“完ぺき”な料理を食べて暮らしている。友人を招き、味や香りを語りグラスを傾ける午さん会。“シェフの王様”と呼ばれたアントナン・カレーム(18~19c)やエスコフィエなどの名前が会話を彩る。
名声を聞きつけ、ユーラシア皇太子の晩さん会に招かれたドダン。そのメニューを「輝きも論理も方針もなく、息がつまる」と一蹴(しゅう)し、返礼の献立作りに情熱を傾ける。ドダンの望む料理を120%理解するウージェニーとの絆は、夫婦以上。愛というのは、お互いを見つめ合うことではなく同じ方向を見つめることだ、という星の王子様の作者サン=テグジュペリの言葉が重なる。
冒頭、厨房の料理場面はワンショットで撮影されていて、調理の順番や料理人の動きが手に取るようにわかる。現代のネット上には調理の音だけの料理動画も多くアップされているいが、この長回しはさしずめ19世紀版の超絶動画。当時ネットがあったなら、再生回数トップに躍り出るかもしれない。ジュリエット・ビノシュとブノワ・マジメルという俳優の組み合わせはもちろん、ピエール・ガニエール本人も出演していて、その役回りにスパイスがきいている。
text by coco.g