社会

ロシアアート考察の秀逸な一冊 【沼野恭子✕リアルワールド】

 かなり前だが、重力にあらがうようにブルドーザーが空中に浮いている絵画を見た時、この作品をどう受け止めればいいのか考えあぐねた。まるで楽しくて仕方ないかのように、軽やかに弾んでいるかに見えるコンスタンチン・バティンコフの「ブルドーザー」(2004)だった。

 この作品に限らず、現代アートは自らの感性に従って自由に見ればいいと言われるが、簡単に理解することが難しいケースが多い。作家の個性や、社会的な文脈における意味合い、時代の刻印などを無視するわけにいかないのではないかとも思う。

 そもそもロシアではどのようなアート作品が生み出されてきたのか(折に触れ接してはきたものの)もっと体系的に知りたい、戦争という過酷な状況においてアーティストたちは芸術の存在意義をどう捉えているのかも知りたいと思ってきた。

 昨年末、これらの問いに真正面から真摯(しんし)に、たくさんの具体例を挙げながら答え、さらに視野を何倍も押し広げてくれる画期的な本が出た。鴻野わか菜氏の『生きのびるためのアート 現代ロシア美術』(五柳書院)である。著者は長年、さまざまな展覧会や創作の場に足を運び、作家たちと熱く交流しながら現代ロシア美術の研究に励み、同時に当事者・キュレーターとして精力的に彼らの作品を日本に紹介してきたロシア美術研究の第一人者だ。

 だから本書は、私にとって待ちに待った一冊と言える。著者は、ソ連崩壊後30数年にわたるアートの軌跡を社会の変動と絡めてたどり、作家たちのテーマや問題意識、徐々に締めつけを強化する政治と対峙(たいじ)する姿勢や課題などについて紹介し、さまざまな角度から鋭い考察を加えている。権力と個人、ジェンダー、パンデミックと芸術といったテーマで語られる箇所も読み応えがあるし、レオニート・チシコフやターニャ・バダニナといったアーティストらを日本に招聘(しょうへい)して日本各地のビエンナーレで創作活動に携わってもらうという実体験が記されている箇所もたいへん刺激的で興味深い。

 そして圧巻は、アレクサンドル・ポノマリョフが主催し、著者自身が参加した2017年の南極ビエンナーレである。子午線の集まる南極はどこの国のものでもなく、一切の軍事行動が禁止されていることから、民族・人種の違い、性差を超えて人が集うことのできる平和なユートピアを象徴する場所だ。対話を重ねてこの世のユートピアを築こうとする芸術家や研究者たちの姿は、戦闘や破壊、殺戮(さつりく)、飢餓、人権侵害に苦しむ地獄のような地球に差す一条の光であるかのように感じられる。

 アートの生成プロセスに伴走してきた鴻野氏の次の言葉に深く同意する。「他国の文化を知ることは、他国の人々の表情を知ることであり、他者の痛みや喜びを想像し、共感し得るようになることだ」。社会に開かれ、人と人をつなぐ優れた文化研究の模範として本書が広く読まれることを願う(ちなみに、冒頭のブルドーザーについても解釈のヒントが得られた)。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 10からの転載】

ぬまの・きょうこ 1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。