ふむふむ

女王を食べた日 【コラム カニササレアヤコのNEWS箸休め】

 雨に濡れる竹林に、それは突如として現れる。凛(りん)とした立ち姿、繊細なレースを纏(まと)った体。〝キノコの女王〟、キヌガサタケである。

 白い卵のような「子実体(しじったい)」がやおら出現したかと思うと、一夜を待たずに美しい傘を開く。純白の網目は人工物のように美しく整っており、とても自然が数時間で作り出したとは思えない造形美を誇る。
 毎年我(わ)が家の近所に生えるこのキヌガサタケ、実は食べられるらしい。ミネラルが豊富で漢方薬や高級料理の食材として高値で取引されているようだ。夏が来る度見かけてはいたが、傘が開いたかと思えばすぐに萎(しぼ)んで腐ってしまうためなかなか収穫できるタイミングがなく、今年こそはと思っていた。
 ある朝のこと。駅へと向かう森の小道に、それは忽然(こつぜん)と現れていた。昨夜まで何も無かった地面に、悠々と広がる白い傘。

 その時私は道を急いでいた。家に帰ってくる頃にはもう萎んでしまうだろう。すでにダンゴムシ達が傘を食べに集まり始めている。後ろ髪を引かれる思いでその場を通り過ぎた。

 しかし都合の良いことにその日、雨が降った。大雨だった。重たい雨粒が虫を洗い流し、傘の収縮を防いでくれたらしい。帰途に女王の姿を探すと、倒れてバラバラになった体が雨水に浸(つ)かっていた。白いレースはいくつかの破片に分かれていたが雨に洗われてなお美しい。これまで立ち姿を手折(たお)るのは憚(はばか)られたが、この破片を持って帰るなら文句も言われまい。水たまりの中から一番大きいものを拾い上げ、脆(もろ)いレースを手のひらに乗せて豪雨の中大切に持ち帰る。

 だがその手にふと顔を近づけた瞬間、吐き気を催した。臭い。半月洗っていない足の裏にこんにゃくを擦り付けたような臭いだ。キノコなのに何か獣のような、生々しい臭い。こんなものうっかり手に取ってしまった。最悪だ。

キヌガサタケ。トマトに載せるとレースの美しさが映える(筆者撮影)

 このキノコの属名は「スッポンタケ」。レースの傘の上にスッポンの頭のような先端部を持っており、ここに付いている粘液が臭うらしい。とても口に入れることなど考えられない悪臭だが数年越しの好奇心の方が勝り、流水に晒(さら)してから茹(ゆ)でてみたらかなり臭いが薄くなった(手の臭いも取れて本当にほっとした)。潔く刺し身で頂く。匂いも食感もレース状のこんにゃくといった感じで、思ったより美味(おい)しい。

 とはいえ数日脳に焼き付いて離れないほどの臭いだったので、次に見つけても収穫するかはわからない。キノコの女王を見かけた方は、どうか直接手を触れずに、恭しく扱われたし。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 28からの転載】

かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。