社会

やぶをつついてしまった「簗発言」 【政眼鏡(せいがんきょう)-本田雅俊の政治コラム】

(写真はイメージ)

 「簗(和生)君もとんでもない発言をしてくれたものだ」と憤るのは、自民党の閣僚経験者だ。怒りの理由は、発言が高市早苗政権の足を引っ張り、国会審議に影響を及ぼしかねないからではない。これまでは「グレーゾーン」とされてきた予算の配分方法が、くだんの発言でいきなり注目されるようになったからだ。「これからは『俺がこの道路を造った』なんて言えなくなる」と嘆く。

 昭和の時代には、自分の選挙区のための「予算ぶんどり」は与党議員の大事な使命であったし、存在価値にも近かった。予算を獲得して地元で評価されるよう、建設や農林などの分野で族議員になることを目指したのもそのためだ。予算編成に際して族議員たちは省庁の代弁者として大蔵省(現・財務省)に乗り込んで増額要求を突きつけ、奔走の見返りとして、選挙区への予算で配慮してもらうことは指して珍しくなかった。

 地元の市町村長たちを引き連れて省庁に陳情に行くと、担当者は議員の前で「〇〇先生にはいつもご指導をいただいております」と丁寧に応じた。そして議員も「頼むよ」と威勢のいい姿を見せるのが慣わしだった。大物議員ともなれば、議員会館の事務所に来た陳情団の前で担当局長に直接電話をかけ、大声で要望を伝えるパフォーマンスも見せたりした。

 予算に限りがある以上、要望額が必ず満たされるわけではなかった。それでも予算成立直後に各省の担当課から「箇所付け(どこの地域にいくらの予算がついたのかを明示したもの」の一覧表が届けられ、それぞれの議員はすぐに地元に連絡した。省庁に働きかけた場合はもちろんのこと、働きかけていなくても、貴重な情報をいの一番に地元に伝えることで、予算獲得に全力を尽くした“ふり”をしてきたのだ。

 経済の低成長時代に入ってからも、政官の“持ちつ持たれつの関係”と“あうんの呼吸”は続いた。膨れ上がった財政赤字のいくらかは、こうした権力構造によってもたらされたのかもしれない。車がほとんど通らない道路や活用されない類似施設などを目の当たりにすると、選挙目的のための事業だったと思えなくもない。「中選挙区制の時代は、必要かどうかよりも、地元の要望実現に汗をかかなければ『使えない議員』のレッテルが貼られ、票が逃げていった」(元自民党議員)という。

 しかし、予算の配分方法そのものは曖昧にされてきた。建前上は、国会は予算の承認権を持つにすぎず、執行権は行政、つまり省庁(官僚)にある。とはいえ、官僚が政治の介入を一切阻止すれば、財政当局に予算を認めさせることも、さらには与党の了承を得ることも難しくなるため、有力議員へ一定の忖度(そんたく)や配慮が行われてきたことは自明の理だ。だから、省庁の中だけで「総合的に勘案して配分」してきたといえば、うそになる。

 平成のみならず、令和の時代に入ってからも名残はある。今も各省庁は多かれ少なかれ族議員の支援を受けているし、議員や首長による省庁への要望活動も行われている。かつての構造は少しずつ変化してきているとはいえ、予算の配分方法はまだまだ不透明だ。だから「簗発言」を受けての国交省の記者会見でも明確に否定も肯定もできず「はっきりと覚えていないが、働きかけや圧力はなかったと思う」と実に歯切れが悪かった。

 「簗発言」は、選挙で自分を応援しなかった首長に、予算の減額で報復しようとしたことばかりが問題視されているが、根っこはもっと深い。国会議員が地元の利益を代弁することは非難されるべきでないが、今もなお予算獲得のための要望や陳情が政治活動の柱だとするならば、それは大きな問題だろう。そうした利益誘導政治が続く限り、真の地方自治は到底確立しないだろうし、国会議員も地元ばかりに目が行きがちになる。

 顧みれば、30年前、選挙区への利益誘導合戦を終わらせ、国会議員が地球規模な課題や国家的な政策に傾注できるよう政治改革が推し進められた。だが、小選挙区制が導入され、多少は改善されたものの、今も多くの国会議員は地元で「あの道路を整備した」「今度は河川の補助金を持ってくる」などと豪語して支持者を増やそうとする。75年前、吉田茂首相(当時)が「おれは太平洋に大きな橋を架けているのだ」と言って地元の予算要望をはねつけたのとは対照的だ。

 「簗発言」を一過的な問題で終わらせるのではなく、これを機に、いま一度、国会で政治のあり方を考えてみる必要があるのではないか。一昨年、20年ぶりに衆参両院に政治改革に関する特別委員会が設置されたのだから、議員定数削減法案だけを議論するのはもったいない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。