◆八百万の神様
司会 徳川将軍家や大名家は、松をテーマにした能の「高砂」を好んできましたね。
本郷 武家は松が好きなんですよ。常緑樹でいつも栄えているから。公家は桜ですね。潔く散るから桜は武士道っていわれますけど、あれは違います。桜はやっぱり貴族ですよね。
辛酸 能舞台に描かれている松も、おめでたさだったり、武家社会を象徴しているんでしょうか。
本郷 武家的なめでたさはあるかもしれません。桜との対比は面白いですよね。令和っていう元号は、梅から来ているわけでしょ。やっぱり、松竹梅でいいのかもしれない。おめでたい。
辛酸 でも、令和になった途端にいろんな災害が起きまくっている感じがするんですけど。陰陽師があまり活躍しなくなったからでしょうか。
本郷 コロナなんかは世界的なものだから、日本のせいじゃないですよね。
辛酸 猛暑や水害も・・・。でも、昔からそんな時代をいっぱい経てきたわけですよね。疫病と天変地異の時代を。
本郷 いま少子化といわれて、実際大変ですけれど、日本の人口って昔はそんなにいなかったわけで。例えば明治を迎えたときには3千万人しかいなかった。視点を変えるとね、それなりに頑張っていけばいいのかなという気がする。GDPが10位ぐらいになったとしても、品質は高いよっていう。そういう国でも悪くはないですよね。
辛酸 ラグジュアリーな雰囲気の国を目指して。
本郷 1500年代ぐらいに日本にやって来た宣教師が、こんなに道徳が発達した国はないって驚いたという。皆が盗みを働かない、お天道様に恥ずかしい行為はしないというのが、宣教師のレポートにあるわけです。だから昔からすごく道徳心のある国民であると。逆にいうと、神様、仏様をあまり信用していないということで、本当の信仰がそこにはない。
辛酸 八百万(やおよろず)の神様を信仰している?
本郷 八百万の神様への信仰心には、一神教の神様を信仰する厳しさがないですよね。一神教の神様は、なんか間違ったことも言うじゃないですか。その間違ったことにも従わないといけないわけですよね。日本の神様は間違ったことを言うと、隣で「おい、それちょっと間違っているじゃない」って、他の神様が仲裁をしてくださる。その意味では、二進法のコンピューターなんてものは日本では生まれないのかなって思います。皆で助け合っていく国で、GDPは落ちちゃうかもしれないけど、それはそれでいいんじゃないかなあ。
辛酸 旧暦だった頃まで人口が少なくて、明治時代に暦が変わってからいきなり人口が増えたっていう説もあるみたいですけど。
本郷 やはり戦いが起きなくなったからでしょうね。江戸時代までは人口は全然増えなかったんですよ。江戸時代になって戦いが一応収束して、平和な毎日になり、それから、悪いことをしたら捕まる時代になったんですね。だから毎日安心して暮らせる。そうなったら人間って、じゃあ子どもでも作るかって話になるのかな。ただ、江戸の社会では、子どもの抵抗力がなくて、沢山死んじゃうんですよね。麻疹が子どもの命を奪っていたみたいです。江戸の墓地には子どもの骨がものすごく多いんだそうです。青山とか赤坂とかの辺りに集中的に大きなビルが建った時に、必ず簡易的な発掘をやるんですね。僕が大学生の頃だから40年前ぐらい。僕の友達もずいぶんアルバイトで発掘現場に行っていました。そこで出てくる骨に特徴が二つあるんですよ。子どもの骨が多いのと、梅毒にかかっている人が多いということ。梅毒だと骨が黒ずんでいるから一発で分かるそうです。
辛酸 新春対談なのにすごい話題ですね。骨が黒ずむって!
本郷 江戸は男社会なんで、そういうのが流行っちゃったんでしょうね。現代では梅毒も治りますけどね。
辛酸 だから験担ぎじゃないですけど、子どもの七五三だったりで、なんとか長生きしてもらおうと。
本郷 七五三は、女の子だったら3歳、7歳、男の子だと5歳まで健やかに育ってくれたっていうお祝い。子どもの成長を神に感謝するという儀式ですよね。今はもう、3歳や5歳や7歳って、子どもはそう簡単には亡くならないからいい時代です。
辛酸 そうやって考えると、今生きている私たちは生き延びてきた先祖の子孫であるということですね。