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【新春対談】 歴史学者 本郷和人✕漫画家 辛酸なめ子  どうなる日本の運気 女性が輝く平和な国へ

◆いじめは昔からあった

司会 NHK大河ドラマ「どうする家康」が終わり、次の舞台は平安時代ですね。

本郷 そうです。女性が活躍してイキイキと輝ける時代というのは、戦争をやっていちゃダメなんですよね。紫式部は平安時代ですからね。平安は一応争いのない時代です。

辛酸 女官同士の争いとかは。

本郷 それはもちろんありますね。紫式部が書いていますけど、一条天皇の奥さんの定子さんと彰子さんの陣営があって、要はサロンが違うわけ。紫式部は藤原道長に呼ばれて、彰子さんのサロンに入ったわけですね。その紫式部が書いているのは、清少納言のいる定子さんのサロンはとても明るくて、いつも笑顔が絶えない。ところが私たちのほうはどうも陰気だと。すると一条天皇はやはり明るいほうに行っちゃうんですよ。暗いほうに来てくれない。だから、私たちも明るくやろうよ、という感じのことを紫式部が言っている。それこそ文化の力。文化の力が政治と結びついていたんですね。陰険ないじめとか、女官同士の悪口とか言い合いとか、いじめは昔からあったみたいですけど。

辛酸 今と変わらないのが分かって面白いですね。紫式部も意地悪な人だったんでしょうか。

本郷 紫式部はあんなすごい小説を書けるわけですから。人間の本質をじーっと見つめているような人ですからね。まあ、怖いでしょうね。震え上がるような怖さを持っている人じゃないかな。

辛酸 紫式部は源氏物語で世の中の人を恋愛で堕落させたから、地獄に行ったという説がありますよね。それでその後、何年も忘れられていたとか。

本郷 小野篁という人のお墓と紫式部のお墓が隣り合っているんです。紫式部は性的なことばっかり書いて地獄に落ちて、小野篁が閻魔様にとりなしたっていうのがあって、それで2人のお墓が隣り合っている。

辛酸 日本人は一回持ち上げて落とすみたいなことが結構昔からあったようですが、名を成した人も死んだ後に地獄に落ちたらしいといわれている例が結構ありますよね。

 ◆女性の扱いは結構重かった

本郷 小野篁の親戚にあたるのが小野小町。小野小町もすごい美人だっていわれて、上げて落とされますもんね。争いがなくて平和な世の中だからこそ恋愛も楽しめる。例えば、源典侍という女性がいて、光源氏が17歳ぐらいの時に恋愛関係になるんですけど、そのとき彼女は57、8歳なんですよ。

辛酸 当時の57、8歳って結構なおばあさん呼ばわりされるのでは。今の50代だとすごくきれいですけど、当時そこまで美容や医療の技術はないですし。

本郷 紫式部の時代だと平均寿命が40歳ぐらい。だからとんでもないですよね。

辛酸 サザエさんのフネさんが40代というのも驚きですが。

本郷 サザエさんといえば、いま考えるとマスオさんの在り方って、将来を見据えていたんですね。婿取り婚ですよ。平安時代は、男性が女性のところに通う、いわゆる婿取り婚じゃないですか。平塚らいてうと一緒に女性解放運動の先頭に立った高群逸枝という人がいて、「招婿婚の研究」というのを書いています。不思議なのが、お祖母ちゃんからお母さんへ、お母さんから娘へと繋がっているはずなのに、残っている系図はみんな男だけ。あれはなんでなんだろうって。天皇家にしても、藤原北家にしても。もう女性活躍の時代なんですから、女性系図を作るといいかもしれないですね。

辛酸 女性の扱いが軽かったんでしょうか。

本郷 もともと女性の扱いは結構重いんです。それが江戸時代からこっち、儒学の影響なんじゃないかなあ。それまでは女性に対して必ず一定の配慮をしています。武士の家でも遺産相続するときに、必ず娘には遺産を与えているんですよ。

 武士はお嫁さんをもらうじゃないですか。すると家と家との関係、繋がりになるから、お嫁さんの実家とのご縁をものすごく大切にするんですよ。で、武士なので戦いがあって、お嫁さんの実家がその当事者になったりすると、「これは負けるな」とわかっていても、そちらを味方しないと武士としてその先生きていけないわけです。だから、死ぬとわかっていても嫁さんの実家の味方をする。

辛酸 映画『レジェンド&バタフライ』にそんな描写がありましたね。

本郷 あの映画では、濃姫は信長が忘れられず、ずっと一途に思っていた、みたいな描写があったけど、誰かほかの男と結婚すればいいじゃないと僕は思うんですよね。男ばっかり何人も女性がいるというのはずるいわけで、女性も同じでいいと思う。

辛酸 逆はあまり聞かないですね。

本郷 当時の女性はバイタリティーがあるから、この男はダメだと思ったら、違う人と結婚すればいいじゃないですか。

辛酸 武家も離婚は多かったんですか?

本郷 割とあったかもしれませんね。

辛酸 江戸時代には、不倫をしたら石を投げられるとか、そういうのがあった?

本郷 そうでもない。武家以外の庶民は不倫を楽しんでいて、75万円なんですよ。

辛酸 罰金がですか?

本郷 そう、罰金です。「間男七両二分」っていう言葉があったんです。江戸の町というのは、関東の近隣から食い詰めた男がいっぱい入ってくるわけですよ。長男は親から田畑を譲り受けるけれど、次男、三男は田畑をもらえない。そういう奴が仕事を求めて江戸の町に出てくる。だから、江戸には男性がいっぱいいて、女性が少なかったんです。結婚できる人は、恵まれていたんですね。そうすると女性のほうが男性を選ぶことができたわけで、それが間男七両二分となったわけです。

辛酸 では、間男とそういうことになっても、夫は我慢する?

本郷 75万円で我慢するわけです(笑)。中にはすごく裕福な人がいて、女性と通じ合っている。そうすると間抜けな旦那に最初に75万円を提示して、「はい、これ罰金ね」と。で、女房と一緒に遊びに行っちゃう。そういうことがあったみたいです。面白いですよね。

辛酸 もしかしたら現代よりも自由かもしれない。

本郷 自由かもしれないです。逆にいうと、江戸の庶民には守らなくてはいけない法律がない。当時は慣習法なんですね。間男七両二分というのも慣習法だし、十両盗めば首が飛ぶ、というのもありました。どこまで本当かわかりませんが、盗みについても法はないんですよ。

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■摩訶不思議な力

司会 開運に話を戻しますが、吉兆占いが最も重視されたのは武士の時代でしょうか?

本郷 その頃の占いというのは情報だったのかもしれませんね。情報という形でとらえ直すことが必要かもしれない。占いとバカにするんじゃなくて、情報としてどう位置づけるか。

辛酸 陰陽道は?

本郷 陰陽道の大切さというのは、なかなか見えてこない。安倍晴明という人も、どこの出身なのかも分からない。でも、仏教でも、お坊さんで朝廷にすごく信頼されているのは、雨を降らせる力を持っている人なんですよ。要するに呪術。密教が持っている呪術。

辛酸 じゃあ、空海が最強なんですか?

本郷 最強かもしれないですね。雨を降らせたり、止ませたり、っていうようなことをやっている人は、貴族出身じゃなくてもすごく高いところに行けるんですよね。

辛酸 やはり農作物が重要ですから。

本郷 そうですね。いま島田裕巳先生と一緒に本を作っているんですけど、僕が合理的なことばかり言うと、島田先生はそれではダメだと。要するに仏教というのは摩訶不思議な力、それ込みで考えないとダメだっていうことを言われていて。

辛酸 空海と最澄の違いという話があったと思うんですけど。

本郷 簡単にいうと、最澄は一歩一歩勉強して上がっていくと最後に素晴らしい悟りが待っている、仏になれる、ということを言うわけです。空海は、ぴょーん、ぴょーんと跳んでいく。その方法を私が教えてあげよう、というわけですね。

辛酸 阿字観とかで。

本郷 そうですね。阿字観もそうだし、呪術的なパワー、摩訶不思議な力で悟るということです。僕らはやっぱり合理的な思想のもとで考えちゃうから、空海の言うことは胡散臭いなって思っちゃうんだけど、当時の貴族がどっちに飛びついたかというと、空海なんですよね。最澄も密教を学び直さないといけないから、空海にお経を貸してもらった。空海もどうぞといってどんどんお経を貸してあげた。最澄は勉強熱心だから、また貸して、次も貸して、その次も貸して、とやっていたら、とうとう空海がブチ切れた。

辛酸 途中まで貸してあげてたんですね。貸していない説もあって。

本郷 貸してあげていたけど、あんまり度重なったんで、空海がブチ切れた。遣唐使で船に乗るじゃないですか。そうすると一人に畳一畳分のスペースが割り当てられるんです。その自分が寝る場所以外のスペースにお経を積み上げて持ち帰った。だから、お経をいっぱい持って帰ろうと思ったら、立って寝るぐらいの感じになるんですよ。大変な思いをして持ってきたお経をどうして持って行くんだよ、って空海がキレたわけ。空海の言っていることは正しいんです。ケチなわけじゃないんです。

辛酸 空海は遣唐使に行く前に特別な術で見たものを瞬時に記憶できる「虚空蔵求聞持法」を習得したので、お経を持ち帰らなくても覚えられたとか。

本郷 空海は言語的な天才なんですね。彼は中国語もできたけど、サンスクリット語もできたらしい。だから恵果っていう中国のお師匠さんに気に入られて、「お前が俺の跡継ぎだ」みたいな形になった。空海っていう人はすごいですよね。

辛酸 ヨガも取り入れたっていう説がありますよね。

本郷 これは島田先生に指摘されてなるほどと思ったんですが、よく空海は自然の中で修業した、みたいな話があるじゃないですか。でも、空海の書いている字は、勉強した人じゃないと書けないんですって。ちゃんと勉強してきて初めて到達できる字なんですって。だから、空海はおそらく自然の中で修業したんじゃない。机に座って修行していた。そういう人だろうって。知識人であり、語学能力に非常に優れていて、メチャクチャ頭のいい人だったんでしょうね。