水上 今、斎藤さんがおっしゃったように、僕と一生さんがやっている時に、そのシーンにはいない斎藤さんの顔が浮かぶことが一番大きいと思います。その場にいない人の何かを感じながら、目の前の人に対して言葉を投げかけていくことができるのが演技のレベルの高さだと思います。人間ってみんなそうじゃないですか。こうしてお話ししながらも、何か他のことを考えながら目の前の人たちと対峙(たいじ)しているわけですよね。それが画面に奥行きを与えていくと思うし、見る人たちがいろんなことを想像することにもつながると思います。
-刑事と記者と生存者という、立場の違う3人が事件の真相に迫る構成の面白さについてはいかがですか。
斎藤 太田さんに話を聞いたのですが、社会的な構造を描きたいが故に、キャラクターが増えていったということらしいです。なので、このプロジェクトは、視聴者の方を信用しないと描けないものだと思いましたし、大きな組織が持つ不条理のしわ寄せが個人に落とし込まれていくというのは社会の常でもあると思います。それを地上波では放送できない理由も分かるし、そういう意味では、ストリーミングの時代になったことで、映像作品としてパンドラの箱を開けるタイミングが来たというワクワク感というか、武者震いじゃないですけど、そういう題材なんだというのは、監督と話していても思いました。
水上 今回で言うと、僕らが悪に対して鉄ついを下すわけですが、それをやったとしても、何かが大きく変わるとか、巨万の富を得るとか、権力を得るとか、そういうことでスカッとするわけではない。地味かもしれないけれど、生きていく意味を見いだしていったりすることの方が大事なわけです。そういうものが描きづらい今の流れの中で、こうした作品を作れること、それに参加できたことに喜びがありました。
-見どころは、3人の関係性の変化ですが、高橋さんを交えて3人で演じながら、そういう変化を演じる楽しさはありましたか。
水上 たくさんありました。中でも、3人の中で一番変わったのは修司だと思います。修司のバックボーンも含めて、1話からの流れで演じていく中で、この2人のような人をずっと求めていたんだろうなというのが分かるからこそ、修司を演じていて楽しかったです。そして、そんな修司を少しでもすてきに、素晴らしく、魅力的にするためにはどうしたらいいのだろうと、一生さんと斎藤さんを鏡として、お二人を見ながら自分の役を立ち上げていく時間でした。
-演技者として、高橋さんも交えて共演してみていかがでしたか。
斎藤 たくさん刺激をもらいましたし、安心感ももらいました。高橋さんもそうですが、修司が水上さんで本当によかったと思います。年齢差はありますが、僕の中ではお二人とも奥行きがあって深い。自分の浅さが分かっているからこそ、その深さに魅力を感じます。僕の中では映画的という人たちなのですが、語らずとも言葉があるお二人なんです。言葉なき言葉があるというのは、物語があるということなので。今の水上さんとご一緒できたことの価値は、この先さらに増していくと思います。そういう意味では、僕にとっては、この仕事を辞めなくてよかったなと思える瞬間でした。どこかでこの仕事や業界はすごく水物だと思っているんです。なので、そんな中で時折、ご褒美のような、答え合わせのような、そういう作品や時間に出会えるのですが、今回は間違いなくそういう時間でした。
水上 比較的順撮りだったので、その時間を経て、修司が相馬と鑓水に対して告白するシーンなどは、それまでの撮影とリハーサルの時間がなかったら全く別物になっていたと思います。ある意味、役と実生活の自分がリンクして、修司という役がお二人のおかげで出来上がっていったと思います。
(取材・文・写真/田中雄二)








