丸山隆平と、演劇団体マームとジプシーの主宰を務め、劇作家・演出家として注目される藤田貴大が企画し、作り上げる舞台「water」が9月27日から上演される。本作は、丸山の記憶の断片を散りばめながら、藤田の視点で見つけた京都という土地、そして虚構の世界を織り交ぜて描いた半自伝的作品だ。丸山に藤田との出会いから企画の立ち上げの経緯や本作への思いを聞いた。

-本作は、丸山さん自身も企画の立ち上げから関わっている作品ですが、今、上がってきた台本を読んでどう感じていますか。
面白いですね。今稽古中なんですが、藤田さんの求める間(ま)や動きはすごく独特なんですよ。演劇団体マームとジプシーの主宰を務める藤田さんですから、数式のような緻密な計算のもと、作られていくものだと僕は認識しているので、こういうところから入るんだ、と。僕は、もともと一観客だったので、今回台本という、いわゆるレシピを読むことに戸惑いもありましたが、フィクションと僕自身の物語に、独特なリフレインが織り混ざっているので、今は驚きと戸惑いとワクワクがあります。
ただ、リフレインすることでごちゃごちゃにならないか、自分自身が心配です(笑)。歌でも、サビの1行目は同じ歌詞だけど、2行目だけ変えるということがあるんですが、これを演じるのは大変なんですよ(笑)。でも、きっと誰も見たことがないもの、すごく面白いものになるのではないかと思います。
-丸山さんは、藤田さん、そしてマームとジプシーのどんなところに刺激を受けているのですか。
僕が初めてマームとジプシーを観劇したのは、友人の誘いで、コロナが少し落ち着いてきたかなという時期でした。北海道に住むある女の子が自死してしまったという内容で、同級生たちがそれぞれ、なぜ彼女が自死してしまったのかを考察するけれど、彼女のことを誰が知り得ていたのかは分からないし、全てを知ることはかなわないという物語でした。僕自身も、きっと皆さんも、(コロナ禍という状況の中で)生と死について向き合っていた時期だったのではないかと思います。そうしたことを、藤田さんの舞台では、リフレインで繰り返し、いろいろな角度から舞台上の人物を見つめ直すことができる。それゆえに、自分の身の回りに起こっている出来事を見つめ直したり、考え直す機会になったんですよ。舞台を見ていて、腑(ふ)に落ちたところがあったんです。その体験は僕にとって衝撃でした。その後、「cocoon」を京都の劇場で見て、やっぱり胸に迫るものがあるなと思って。そのときに少しだけお話をさせていただいたのがファーストコンタクトだったと思います。
-実際にお話をされて、やっぱりご一緒したいと?
いざ決まったときはちょっと怖かったです(笑)。やっぱり見るのと演じるのでは全然違うので。ただ、藤田さんとご一緒させていただくことで、俳優として経験したことがないものができるなと思いました。今回は特に独特なところに踏み込むので、俳優としてやりたくてもなかなか巡り会えない作品だと思うんですよ。藤田さんが興味を持たないと生まれないわけですし、そんな方が興味を持ってくださるというのは本当に貴重なことですし、光栄なことだと思っています。
-具体的には、どのように藤田さんとコミュニケーションをとって、この作品に至ったのですか。
先ほどの出会いがあってから、一度、藤田さんのアトリエ兼事務所に招いていただいて、藤田さんに料理を振る舞っていただいたんですよ。僕は、座っているだけで、ただひたすらお酒を飲みながら料理をいただいて(笑)。それで、お互いの身の上話や最近感じていることなどを、居酒屋にいるような感覚でお話ししたんです。その後、しばらくして正式なオファーをいただいて、制作するにあたって元となるものが欲しいということで、「丸山さんの半生、これまでのことを地元をたどりながら見ていきましょう」ということで、実際に京都に行って自分が歩んできた街を僕のセルフコーディネートで藤田さんと回りました。いろいろと見て回って、「疲れたね」となったら、目の前にある喫茶店に入って、そこでそれまで回った場所についてまとめて。休憩したら、また続きを見て回ってという1日を繰り返しました。藤田さんは、次の日にもう一度、たどってみてくれたらしいですが、すごく入念に準備されていた印象でした。
-丸山さんは、京都を舞台に丸山さんの生い立ちをフックにした作品を作るということに対しては、どのように見えていたのですか。
藤田さんが、京都である高齢の方に、京都の地下には琵琶湖に匹敵するくらいの水が流れているという話を聞いたらしいんです。京都自体が浮いた島のようになっているということに対して、まず興味を引かれた、と。それに加えて、僕が京都出身ということを知り、つながったみたいですね。ほかにも理由はあるかもしれませんが、僕は、すごく良いタイミングでお話をいただいたのかなと思っています。
-ご自身が育った土地を回ったことで、改めて気づいたこともありましたか。
改めて気づくことはありました。例えば、地域や文化の違いにまつわる問題。自分が小学、中学時代はよく分からずに、「なんとなく空気が違うな」くらいの感覚でしたが、大人になってみると、身近にこれほどさまざまな文化が存在していたのだと気づきました。それから、京都の川がここからここにつながって、デルタになっていてと、藤田さんが今回のテーマとして持っている川や水を一緒にたどることで、知らず知らずのうちに子どもながらに感じ取っていた違和感が明確になったということもありました。小学、中学校の頃はやっぱり行動範囲はすごく狭かったんですよね。23歳くらいまで京都にはいたんですが、その頃は楽しい、幸せな時期を過ごしていたんだなと感じました。
-幼い頃の記憶もよみがえったのでは?
そうですね。それが、この作品の大事なシーンで反映されています。道のりをたどっていくときに、毎日、日課のようにあるものを見ていた記憶がよみがえって。ちょっと気色悪い描写かもしれませんが、それも1つのモチーフとして登場します。
-今回、丸山さんが演じる「わたし」という役柄は、丸山さんご自身を反映したキャラクターだと思いますが台本を読んでどのような印象を受けましたか。丸山さんそのままだと感じているのか、それとも藤田さんの目線が強く入っているキャラクターなのか、どのように感じているのでしょうか。
それは内緒です(笑)。自分がどう見られているかは、分からないですよね。自分がこういう人間だと思っていても、周りから見たら違うかもしれない。僕という人間をフィクションとノンフィクションの間で藤田さんが描くことによって、皆さんにどういう人間に映るのか、僕は楽しみにしています。なので、一言では言い難い。まして、リフレインという複雑な手法を使った物語なので、見ている方も、この人がどういう人なのか分からなくなっていくと思います。複雑に並んだ点が、最終的に線になって、全く違うものが皆さんの中に浮かび上がってくるかもしれません。それを楽しみにしていただきたいですし、どう感じたのかぜひ聞かせていただきたいです。
(取材・文・写真/嶋田真己)
「water」は、9月27日(日)〜10月25日(日)に都内・東京グローブ座、11月7日(土)〜10日(火)に京都劇場で上演。








