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不信任案に怯むのは岸田首相でない 【政眼鏡(せいがんきょう)-本田雅俊の政治コラム】

 公明党と維新の会の主張に大幅に譲歩したことで、岸田文雄首相が「火の玉となって先頭に立つ」と豪語した改正政治資金規正法は、何とか6月23日までの今国会中に成立する運びとなった。だが、国民世論と党内世論の“二兎”を意識した結果、いずれからの評価も高まっていない。国民は思い切った改革に踏み切れなかった岸田首相にあきれ、逆に自民党内からは行き過ぎた妥協に反発の声が上がる。

 4月下旬の衆院補選でも、5月下旬の静岡県知事選でも、自民党が敗北を喫したため、永田町関係者の多くは「これで早期の衆院選はなくなった」と見た。しかし、岸田首相は6月に入ってからも衆院解散のタイミングを模索していたという。総裁再選のため、早期の衆院選にこだわってきたのだ。のみならず、会期末解散の可能性は「まだ1割ある」(全国紙デスク)との見方もある。

 だが、岸田首相もようやく早期解散を諦め、遅ればせながら戦略を変えつつあるようだ。今月から実施される定額減税に加え、精力的な首脳外交で少しでも劣勢を挽回し、正攻法で総裁選に挑む戦略だ。ガソリン補助の延長も、そのためだろう。7月3日からの新紙幣発行や26日からのパリオリンピックなどによっても、政権を取り巻く環境が少しはよくなるのではないかと淡い期待を抱く側近もいる。

 対する野党は、早くも会期末の内閣不信任案提出を示唆する。野党による不信任案提出は「風物詩のようなもの」(自民党国対関係者)で、通常は粛々と否決される。与党が衆院で多数の議席を持ちながら不信任案が可決されるようなことがあれば、それこそ“政局”になるが、今回、たとえ否決されるとしても、目を凝らして注意深く見る必要がある。

 「明けない夜はない」のように、そもそも二重否定は“肯定”、場合によっては強い“肯定”となる。自民党をはじめとする与党議員は当然のことながら岸田内閣に対する不信任案に反対票を投じなければならないのだが、理屈上、不信任案に反対すれば“信任”したことになる。「オレは賛成だったけど、造反は許されないから仕方がなかった」といった詭弁(きべん)は許されないはずだ。

 百歩譲れば、一般の議員は党議に従って反対票を投じざるを得ないかもしれない。だが、例えば総裁候補として取り沙汰されている石破茂元幹事長や高市早苗経済安保相、加藤勝信元官房長官などが不信任案に反対票を投じ、岸田内閣を国会の場で“信任”しておきながら、わずか数か月後に「岸田おろし」に加担したり、対抗馬になったりすれば、間違いなく“自己撞着”や“ダブルスタンダード(二重基準)”といった批判を受ける。

 古い話ながら、44年前の「ハプニング解散」は、自民党非主流派が大平正芳内閣に対する不信任案の採決に欠席したことでもたらされた。「大将なんだから」のせりふでも有名な24年前の「加藤の乱」でも、加藤紘一元幹事長や山崎拓元政調会長らは意地を見せ、森喜朗内閣に対する不信任案の採決を欠席した。本気で総理総裁を代えようとするのであれば、たとえ不信任案に同調できないとしても、少なくとも反対票を投じるべきではないのだ。

 不信任案の採決を欠席すれば、それなりの“おとがめ”を受ける。今国会閉会後に内閣改造・党役員人事が行われる可能性があるが、単にそこで冷遇されるだけでなく、下手をすれば爾後(じご)の政治生命が脅かされることになる。「政権に弓を引くのには腹をくくり、党を飛び出すくらいの覚悟が必要」(閣僚経験者)というわけだ。

 岸田内閣の支持率は低迷を続けているが、「消費税率並み」といわれた森内閣の末期ほどは低くない。岸田首相本人も続投の意思は強いし、有力な対抗馬もまだ現れていない。そのような状況下で内閣不信任案が出されれば、怯むのは岸田首相ではなく、むしろ覚悟を決めかねている「ポスト岸田」候補の面々だろう。のみならず、いずれも渋々ながらも“踏み絵”を踏めば、結果的に岸田首相の総裁再選の可能性を高めることになるかもしれない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。