おでかけ

改築130周年の「道後温泉本館」が営業再開 受け継がれた伝統と風格

5年半ぶりに全館営業再開した道後温泉本館

 国重要文化財に指定されている松山市の道後温泉本館が7月11日、全館で営業を再開した。明治27年に改築され今年で130周年を迎えたが、2019年1月から耐震補強などのための保存修理工事が続けられていた。5年半ぶりの全館営業再開に先立ち、報道関係者向けに開催された8日の内覧会に参加した。

 道後温泉本館は、1994年に国内で初めて重要文化財に指定された公衆浴場だ。古くから大勢の偉人や墨客に愛され、神話の時代の大国主命(おおくにぬしのみこと)をはじめ万葉の歌人・山部赤人、松山にゆかりの名僧・明月、正岡子規など、多くの来訪が記録に残っている。

 今回の保存修理工事は、温泉として営業しながら行われた。国の重要文化財の公衆浴場では全国で初めての取り組みだった。地元の人々や関係者の理解と協力、工事に携わった人たちの尽力により工事は順調に進み、当初の予定より、約半年早く全館で営業を再開できたという。

 館内に入ると、最初に感じるのが心地よい木の香りだ。年季の入った木製の内装が風格を感じさせる。

神の湯(男子浴室)。湯釜の奥に白鷺の描かれた陶板壁画を見ることができる
 

 正面玄関から館内を進むと左手に位置するのが浴室「神の湯」だ。「湯釜」と呼ばれる湯口が鎮座する浴槽は、道後温泉の独特な雰囲気を作り出す。神の湯の石造りの浴室には砥部焼の陶板壁画が貼られている。男子浴室の壁画には「白鷺(しらさぎ)」、女子浴室の壁画は「大国主命と少彦名命(すくなひこなのみこと)」が描かれている。白鷺は、すねに傷を負って苦しんでいた白鷺が岩間から出る温泉に足を浸たしたところ、傷が治り、元気に飛び去ったという温泉発見伝説にちなんでいる。

神の湯 「坊ちゃん泳ぐべからず」の札
 

 浴室には夏目漱石の小説『坊っちゃん』の中に登場する「湯の中で泳ぐべからず」という注意書きにちなんだ札がかけられている。工事前は2つあった神の湯男子浴室のみに設置されていたが、男子浴室・女子浴室が1つずつになり、それぞれに設置され、女性も見られるようになった。

温泉の第一号源泉の跡
 

 神の湯(男子浴室)の壁には、古代から自噴していた源泉の跡である道後温泉の「第一号源泉」の模様が刻まれている。模様が床から壁にかけて刻まれているのは、今回の補修工事で耐震補強のために壁面が張り出したためだという。

神の湯の張り出した壁。外観を大きく変えない保存修復工事の中で、耐震のため壁を補強したことがわかる部分
 

 この壁面の補強は、今回の保存修理の跡がわかる数少ない箇所だ。担当者によると、今回の保存修理は外観を大きく変えないまま補強した。古くから受け継がれた姿を残しつつ、耐震補強や水回りといったソフトの部分のリニューアルを実現しており、部屋の壁の補強部分はふすまで隠すなどして目につきにくくなっているという。

浴室前の更衣室 水回りなどが新しいものにリニューアルされた
 

 以前は備え付けられていなかったシャンプーやリンス、ボディーソープ、せっけんなども今回のリニューアルにより備え付けられ、持ち込まずに気軽に立ち寄れるようになった。更衣室の水回りもリニューアルされ、今まで以上に気軽に立ち寄り、快適に過ごせるようになっている。

 道後温泉事務所の三神正裕氏は「さまざまな工夫を凝らしてお客さまに寄り添ったサービスを開始している。ぜひこの機会に道後温泉本館に足を運んでいただければ」と語る。

霊の湯(女子浴室)斜めから見た浴室
 

 神の湯よりさらに格上とされるのが「霊の湯」だ。中央に置かれた湯釜から大国主命と少彦名命の二神像が見守る開放的な浴槽が特徴で、かつては神の湯女子浴室として使用されていた。

霊の湯(女子浴室)大国主命と少彦名命の神像が見守る
 

 神の湯女子浴室にも描かれていた大国主命と少彦名命は、この二神が伊予の国に来た際、重病にかかった少彦名命を大国主命が手のひらにのせて道後温泉の湯であたためたところ、たちまち元気になり、石の上で踊ったという伊予国風土記逸文の逸話による。

霊の湯(女子浴室)にも陶板壁画に白鷺と大国主命と少彦名命が描かれている
 
又新殿は皇室専用浴室。その休憩所にあたる玉座の間とその前の御居間には豪華な空間が広がる
 

 さらに豪華な浴室が、館内の2階に位置する皇室専用浴室の又新殿(ゆうしんでん)だ。明治32(1899)年に完成した国内唯一の皇室専用浴室で「玉座の間」「御居間」「御湯殿」など豪華な空間が広がる。ふすまは保存修理工事で銀箔(ぎんぱく)が貼り替えられ、完成当時の輝きを取り戻している。

坊ちゃんの間 漱石の胸像や写真など漱石ゆかりの品が飾られている
 

 3階に上がると、霊の湯利用者のための個室が並ぶ。その一番奥の「坊ちゃんの間」は道後温泉本館改築後の明治28年に松山に赴任した夏目漱石がその年の10月、正岡子規と利用したといわれる個室だ。昭和41年に夏目漱石の娘婿である文人・松岡譲が坊っちゃんの間と命名した。漱石の胸像や写真など漱石ゆかりの品が飾られ、文豪・夏目漱石が通ったころの面影を今でも味わえる。

坊ちゃんの間 旧松山中学の集合写真など漱石の写真が飾られている
 

 坊ちゃんの間や個室と同じく3階に位置し、新たに一般開放されたのが貸し切りできる広々とした部屋「飛翔の間」と「しらさぎの間」だ。飛翔の間は12畳半の広々とした空間で定員10人。事前予約で利用でき、霊の湯、神の湯に入浴できるほか、又新殿を自由観覧できる。

飛翔の間
 
飛翔の間から望む道後温泉本館のシンボル「しらさぎ」の像
 

 飛翔の間の窓から「振鷺閣(しんろかく)」を眺めると、道後温泉本館のシンボルである白鷺が大空に飛び立つ像が見える。

しらさぎの間
 

 しらさぎの間からもこの像が見える。しらさぎの間は広さ19畳。事前予約で利用でき、霊の湯、神の湯に入浴できるほか、又新殿を自由観覧できる点は飛翔の間と同じだ。

 古くから受け継がれた様式美を感じる空間に、リニューアルを経て現代の利便性が加わった道後温泉本館。和室の心地よさとあたたかい温泉に、今まで以上に気軽に訪れることができるようになった。この特別な空間で安らげば、日々の疲れも癒やされることだろう。

 詳細は道後温泉本館のホームページへ。