「行くぞー! 気を付けろー!」はっと振り向くと、クレーンで鈴なりにつられた冷凍マグロの房が通り過ぎた。「ズズーン、ガラガラガラ」。各200キロを優に超えるマグロ群が着地した瞬間、地響きで足元が大きく揺れる。
ここは静岡県・清水港。私は近年、ほぼ毎年3月にこちらに伺い、宮城県気仙沼市の遠洋漁業会社「臼福本店」のマグロ延縄船(はえなわせん)の水揚げを、シェフスフォーザブルーのシェフたちと見学している。北大西洋から10カ月ぶりに帰国した船の船倉は、大西洋クロマグロでぎっしりだ。国際的な資源管理が徹底された大西洋クロマグロの水揚げは、国内漁業のそれとは全く異なる活気と緊張感を伴うのだが、その様子と理由について、ここで少しご紹介してみたい。
太平洋と大西洋に生息するクロマグロは、国境をまたいで海を回遊するため、国単位ではなく国際機関が資源管理を担っている。特に過去に乱獲によって激減し、2011年に国際自然保護連合(IUCN)のレッドリスト入りした大西洋クロマグロは、後に大西洋まぐろ類保存国際委員会の管理厳格化によって、資源を急激に回復させたサクセスストーリーを持つ魚だ。
「科学的根拠に基づいた漁獲枠設定に加えて、産卵期や30キロ以下の幼魚の漁獲規制を徹底的に行なったことが、資源の急増につながったのでしょう。漁業者側が、厳しいルールをきっちり守ってきたことも大きいですね」と臼福本店の臼井壯太朗社長は胸を張る。
海上で揚がった魚は1尾ずつ船上計量し、漁獲場所や日付の記録とともに毎日水産庁に報告する。船に割り当てられた漁獲枠を超えた際の海上投棄といった不法行為を防ぐため、オブザーバーの乗船も一定数必要だ。水揚げ時は水産庁職員の立ち会いのもと、マグロを積んだトラックは全て検量・積算し、もし事前報告量と1キロでも齟齬(そご)があれば、漁業ライセンス剝奪もあり得る。
ごまかしが一切できない、この厳格な管理手法には驚くが、それらを順守してきた各国遠洋漁業者の努力があったからこそ、現在の北大西洋の豊かさがあり、水揚げの盛況がある。2011年から10年を経た21年のレッドリストでは、大西洋クロマグロの評価は「絶滅危惧種」から「低危険種」へと3段階引き下げられている。
魚は守れば自(おの)ずと増えてくれる。毎年清水に向かうのは、その成功例を新たに記憶に刻むことで、活動の背中を押してくれる思いがするからかもしれない。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.17からの転載】