高い支持率を維持する高市早苗政権だが、鈴木憲和農相への風当たりは強い。「おこめ券」は、補正予算に盛り込まれた「重点支援地方交付金」で「推奨する」という形で実現したが、具体策は自治体に丸投げしコメ以外の購入にも使える商品券の方が人気だ。「なぜコメか」を説明しきれなかった点で、農相の発信力に課題を残した。
おこめ券以上に、混乱を招いているのが来年に成立を目指す食糧法の改正だ。農水省は「需要に応じた生産」という理念を法案に盛り込む方針だ。石破茂政権が「需要に応じた増産」を目指したのと比べると、「増産」の文字が消え、「政策転換」「先祖返り」などと報道され、石破元首相自身も「農政復古」と批判している。
ただ、コメ政策は1月末に政府が公表した「水田政策の見直しの方向性」に沿って議論されており、4月に閣議決定された食料・農業・農村基本計画では2030年のコメの生産量を818万トン(23年実績791万トン)へ増産することを明記しており、これらは一度も変更されていない。確かに石破政権は「増産にかじを切る」という方向性を示したが、具体策は示さないまま瓦解し「政策転換」と評価できる実績は何も残さなかった。
高市早苗首相も「国内主食用、輸出用、米粉用など多様なコメの増産を進める」(12月8日の衆院本会議)と述べており、増産路線そのものは踏襲している。コメに限らず、需要に見合った生産を目指すのは当たり前のことだ。農林議員ら自民党内に、米価の下落を防ぐために増産に否定的な圧力があるのは事実だ。それに配慮するために「増産」を「生産」と上書き修正する事情は理解できるが、不毛だ。
鈴木農相は食糧法の改正案について「(既に形骸化している)生産調整の規定を外す」とも述べており、「需要に応じた生産」が減反強化を意味するわけではないと説明している。この発言に真意があるならば、生産面での規制緩和を意味し、主食用米の国内需要は減り続けるとしても、輸出用、飼料用、加工用など非主食用米の新たな需要を創出しつつ、全体としてコメの増産につながる。
そうだとすると「需要に応じた増産」も「需要に応じた生産」も大差はない。現在議論されている食糧法改正案は、生産面の規制緩和が最大の焦点であり、中でも主食用米と非主食用米を区分する用途別の作付け誘導は、高米価の維持か米価下落の容認かに直結する重要な課題だ。「需要に応じた生産」という当たり前のことを理念に書き加えなくてはならないほど、コメ政策や食糧法に対する理解は広がっていない。言葉遊びではなく、深い議論が必要だ。
(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)









