SDGs

持続可能な循環型社会を推進 普遍的価値の意味考えるべき EYアジア・イースト CCaSSリーダー

インタビューに答えるEY の牛島慶一さん

 「誰一人取り残さないこと」を掲げ、2030年までに「貧困をなくす」など地球規模で達成すべき、17の持続可能な開発目標(SDGs)を国連総会が2015年に採択してから10年余りが過ぎた。採択8年後のSDGsサミットで国連のグテレス事務総長は「目標のわずか15%しか軌道に乗らず、多くは逆行している。“誰一人取り残さない”どころか、私たちはSDGsを置き去りにするリスクを冒している」と警鐘を鳴らしたが、25年7月の国連発表でも「軌道に乗っている目標は18%」にとどまり、警鐘の重みはいまも変わっていない。

 戦争、軍事紛争が多発し、地球規模の課題解決に向けた各国政府の国際協調には足並みの乱れが目立つ。循環型社会の推進など、国境を越えた国際課題に取り組む国際総合ファームEYの牛島慶一・気候変動サステナビリティサービス(CCaSS、シーキャス)アジア・イースト(日本、韓国、ASEAN)地区リーダーに、地球規模の課題を巡る世界の動向や自身の取り組みの現状と課題、今後の展望などを聞いた。

 ■循環型社会目指すCCaSS

 ―世界はいま良い方向に向かっていますか。

 わがCCaSSチームが目指す社会に向かっているかと問われれば、いまは厳しい状況にあると思います。われわれの胆力やリーダーシップがいま試されていると感じています。

―CCaSSチームとはどんな組織ですか。

 監査やコンサルなどのサービスを提供する国際総合ファームEYの一部門で、気候変動をはじめとした “持続可能性”に関する課題について企業らをサポートし、持続可能なより良い社会の構築に貢献する仕事をしているチームです。CCaSSは英語の「Climate Change and Sustainability Services」の略称です。気候変動とサステナビリティ分野の保証・アドバイザリーサービスを意味します。CCaSSチームのメンバーは世界に4800人ぐらいいます。私がリーダーを務める地区のCCaSSチームはおよそ400人、うちEY新日本(東京都千代田区)に設けられている日本地区のCCaSSチームは130人前後です。

そのCCaSSが目指す社会とは。

 一言でいうと“循環型社会”です。例えば資源の循環。限られた地球の資源が循環する社会を目標にして活動しています。またお金の循環も大切です。企業や個人が納めた税金(お金)は、本来、将来の社会インフラなどに充てられ循環していきます。ただ、一部の企業は政府や自治体よりも影響力を持つようになりました。企業自らが影響力に応じて社会的価値を生み出し、内外の持続的な経営インフラを作らなければ、将来の収益は先細っていきます。社会とビジネスの間でもお金が循環することが必要です。

 ■胆力が試される時代 

―いま“胆力が試されている”と考える理由は何ですか?

 近年の国際情勢の変化です。まず経営課題の優先度が変わりました。例えば国際組織のワールドエコノミックフォーラム(世界経済フォーラム、WEF)などが毎年出している“グローバルリスク”を見ると、依然として上位に「気候変動」や「生物多様性」の問題は入っていますが、昨今は戦争や軍事紛争などの「地政学的な問題」がこれまでより上位に挙がるようになりました。気候変動や生物多様性などの地球環境問題への関心がなくなったとは依然として思っていませんが、経営課題の優先順位が短期的には変わったと実感しています。

―そのほかの変化は。

 次に持続可能な社会に向けた「改革」のスピードを巡る問題が顕在化したことです。欧州連合(EU)が企業のサステナビリティ情報の開示義務を縮小、簡素化する法案を通すなど規制を若干スローダウンさせたことが象徴的です。これは自動車の排ガス規制などサステナビリティ領域で世界をリードしてきた欧州の動きがスローダウンしたと世界では受け止められています。さらに人権や民主政など長い歴史の中でわれわれ人類が積み上げてきた「人類普遍の価値観」に逆行する事象が起きていることです。これらの価値観を築いた人類がいま試されていると思います。

―大きく言うと人間の条件、人類の在り方が問われている?

 人間本来の生存戦略は“社会性”です。人間は、生後すぐ立つ多くの動物と異なり、1年間立てません。その間は家族や仲間が見守る。人間の生存条件には、こうした人間と人間の間を形づくる生きる戦略としての社会性があります。このことを人間は本能的に理解している。従って人間社会には人間の社会性(本能)に基づく普遍的な原理としての「自然法」が存在する。現在の憲法や法律で保障する人権はこの自然法が土台にある。「人は自由かつ諸権利において平等なものとして生まれ、そして生存する」(1789年「フランス人権宣言」)という価値観をわれわれは築いてきたと思う。一方で人類はいま「強いものが勝つ」という考え方にもさらされています。

 ■スミスの「自由市場」の“前提”

―弱肉強食の政治がいま頭をもたげている?

 こうした「強いものが勝つ」という考え方が優勢になってしまったら、われわれが長い歴史で積み上げた「人類が持続的に生存、繁栄しうる、根源的な価値観としてきたもの」がひっくり返してしまうかもしれません。人間社会とはどうあるべきなのか、人類の知恵がいま切実に求められています。

―経済面でも強者と弱者の格差が広がっています。

 自由市場は本来、参加者の一方が勝ち一方が負ける「勝ち負け」の関係ではなくて、お互い満足する「ウィンウィン」の関係が支配するものです。例えばあるものを必要としている人とそれを使ってほしい人が市場を介して両方にベネフィット(利益)が生まれる関係です。何かを奪い合う関係ではない。しかしいまの多くの市場では、ウィンウィンの関係に逆行するようなことが起こっている印象がある。自由な市場こそが豊かな良い社会をもたらすと「国富論」で自由市場を評価したスコットランドの経済学者アダム・スミス(1723~1790年)は、国富論の前に「道徳感情論」を著しました。道徳感情論では他人の運不運に関心を持ち、悲惨な状態にある他人に同情し寄り添う人間本来の「同感能力」を市場参加者の誰もが持っていることを「自由市場」の自明の前提としています。スミスが自明とした、こうした人間の同感能力(道徳感情)をわれわれはいまあらためて深く考えるべきだと思います。

アダム・スミスの「国富論」と「道徳感情論」の翻訳書

■グローバルルールのインパクト

―そうした混迷の時代を迎え、EYの日本を含めたアジア・イースト地区のリーダーとして持続可能な循環型社会に向けた取り組みを推進する上で大切なことは。

 一言で言うと「同期させること、シンクロさせること」です。官の政策、民間の投資、技術革新、市場、消費の行動がシンクロ(同期)することで、循環型社会の歯車が円滑に回ります。例えば官が旗振ってお金を出し投資家が投資しても、市場がきちんと機能していないとお金は循環しない。技術的な改良や公的支援がないと回らない循環もある。こうした要素がお互い良いタイミングで同期している環境だと、持続可能な社会に取り組む企業の行動も活発になります。3年間では収益を生まないが7年後からは収益を生むという社会貢献活動の価値を会計上適正に位置付けることができれば、投資をシンクロさせる動きを促進することが可能になると考えています。短期な収益分野に資金循環が偏りすぎると、長期には伸びる芽が摘まれてしまいます。

 ―持続可能な課題に取り組む上で感じたやりがいは。

 CCaSSの一員として、グローバルなルール形成に関与できたことです。世界に大きな社会的インパクトをもたらすグローバルなルールを決める会合の輪の中に自分の身を置いたことは貴重な経験でした。ルールを決める人たちがどのような視点、視座で物事を考えているかを実見できたからです。こうしたグローバルルールを決める人たちと、決められたルールの中で行動する人たちの視点、視座は違います。

 ―サステナビリティ領域の取り組みでは異なる視点の理解が不可欠?

 サステナビリティ領域では、現在に生きながら将来を描き、将来の持続可能な社会をつくる取り組みを“社会実装”していくことが求められています。社会実装を促していく立場からは、さまざまな国や地域、世代の違いなどを踏まえて、自分たちが適切を考える秩序や規律を、グローバルのスタンダードを決める人たちの輪の中で議論したり、もんだりしたりすることが必要となります。そして決まったルールの社会実装は、ルールの中で行動する人たちのロジックを理解して取り組むことが大切です。こうした“橋渡し”をして、世の中が半歩でも一歩でも持続可能な社会に向かって進むと、人々の共感の輪が広がります。そんな時、この世界(サステナビリティ領域)でのやりがいを感じますね。

経済成長が期待できるアジア・イースト地区のEYのCCaSSチーム400人を率いる牛島さん

開示情報は企業を選ぶ「新たな判断軸」

―先ほど触れたサステナビリティ領域で世界をリードしてきた欧州の動きがスローダウンする中で、日本や韓国、ASEANのCCaSSの果たすべき役割は高まっているのでは?

 CCaSSのアジア・イーストの業績は他の地区に比べれば好調です。EY内での期待は高いと感じています。またアジア東部はまだ人口増加フェーズにあり、今後も経済成長が期待されています。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が公表した企業のESG(環境・社会・ガバナンス)情報の国際的な開示基準に準拠した開示を今後普及させる上で、世界の中でISSBを採用する国の多いアジアの企業の開示に向けた取り組みは重要です。中でもGDPの大きい中国と日本がISSBの基準に沿った開示から手を引くと、ISSBの基準は世界の「ミニマムスタンダード」とは言いにくくなります。

―そのISSB基準に沿った日本独自のサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)に基づく有価証券報告書での開示が27年3月から時価3兆円以上の大企業に義務付けられます。環境負荷や人権などに関する「サステナビリティ情報」開示の持つ意味は。

 質の高いサステナビリティ情報の開示は、投資家や消費者をはじめとした関係者が企業を選別する際の「新たな判断軸」になると思います。例えば、水の使用量の開示は、水資源が貴重な地域では水を効率よく使える企業と、そうでない企業を選別する際の判断軸になるでしょう。誘致する側の地域住民や自治体にとっても、雇用創出のみならず水の権益が保護されるかなどの判断材料になります。このように、従来の売上規模や売上利益率といった「経営情報」だけでなく、どう振る舞い、どう稼ぐかも含めて、信頼される企業が選別される世界が生まれると思います。このことは逆に企業側から見れば、サステナビリティ情報の内容、開示姿勢は企業のアピールポイントとなりえます。それは企業間競争に勝ち抜く「新たな競争軸」を企業が手に入れることを意味します。サステナビリティ情報が今後、企業の姿勢、行動を変えていく可能性は高いと思います。

―30年以降のSDGs後の世界はどうなりますか。

 SDGsの“ポイント”は貧困廃絶、環境保護と併せて経済成長を掲げていることだと私は考えています。経済成長、お金の循環を統合した形で循環型社会を推進していくことが重要です。気候変動は“時間との闘い”という面はありますが、 SDGsの目標達成が難しい状況であろうと、経済成長を組み込んだ上で、循環型社会に向けた歩みを止めずに、さまざまな取り組みを前に進めていきたいと考えています。


うしじま・けいいち EY気候変動サステナビリティサービス(CCaSS)の日本、韓国、ASEAN地区のリーダー。これまでに環境省中央環境審議会委員、東北大大学院非常勤講師などを歴任。現在、企業と社会フォーラム(学会)理事、ESG情報開示研究会理事、米ミシガン大Erb研究所の戦略アドバイザリー評議会委員などを務めている。