社会

多様な価値観を有する若者たちがけん引する地方移住ブーム NPO法人ふるさと回帰支援センター理事長・高橋公さんに聞く

「ふるさと回帰フェア2022」のようす。
「ふるさと回帰フェア2022」のようす。

 「かつてはシニア世代が定年後に悠々自適な生活を送るために自然環境のいいところを目指すというのが地方移住の中心でしたが、今や多様な価値観を有する若者たちが地方移住ブームをけん引している」

 そう語るのはNPO法人ふるさと回帰支援センター(東京)の理事長を務める高橋公(たかはし・ひろし)さんである。高橋さんは現状に至るまでの流れをたどって語る。 「バブル経済の崩壊以降、政府はいろいろな政策を打ってきた。新自由主義とよばれる競争の強化、規制緩和などで、その結果として貧富の格差が急速に拡大した。労働者派遣法も制定され、その改正後はほぼ全種に対象が拡大され、現在は働いている人の約4割が派遣労働者です」

 経済が停滞し「都会での暮らしに夢も希望も持てない状況になってきている。過度な競争にもうんざり。新型コロナウイルス流行の追い打ちもあって、もっと別の暮らしがあるのではないかと思う人が増えてきた」と高橋さんは語る。

NPO法人ふるさと回帰支援センター 高橋公 理事長。
NPO法人ふるさと回帰支援センター 高橋公 理事長。

 特に「3密」回避、リモートワークの増加がそれまでの働き方改革と相まって、「この際、地方に出てみるか」という人が増えていった、と高橋さん。「実際、2020年春以降、首都圏の周りの(同センターの会員自治体に住む人の)移住相談件数が2倍くらいに増え、それが2021年には全国化したのです」と高橋さんはいう。

広がる県ごとの格差

 それと同時に県ごとの格差もじわじわと開いてきたという。例えば、移住希望地ランキングで昨年1位だった静岡県。「ここは静岡県と静岡市という2つの自治体がきめ細かく相談に乗っており、突出している・・・東海道は昔から人の出入りが多いことから、よそ者にとって居心地がいいのではないか。それに気候もいい」と高橋さんは語る。

 昨年、ふるさと回帰センターでは562回セミナーを行ったが、そのうちの68回が静岡県と市だった。次いで、山梨の62回、群馬の55回、長野の54回だった。それと比べて、開催が全くなかったのが10県、1回だったのが4県、2回が3県だった。

 昨年、移住希望地として人気1位は静岡だったが、「コロナが無ければ、実力からいえば長野もランキングのトップを走ってきた。同県の77自治体のうち、50を超えるところが同センターの会員となってセミナーをやるなど、力を入れている」と高橋さんはいう。

 次いで人気が高い山梨について、高橋さんは「地の利がある。東京から近いことがあるし、自然環境もいい。そういう所で暮らしたいという人が多くいる。コロナ前には、特に八ヶ岳のふもとは結構な人気だった」と説明する。

 ふるさと回帰支援センターは今年20周年。設立当時から関わってきた高橋さんは振り返っていう。

 「20年前は、シニア世代の悠々自適、自分の食べる分くらいは自分で作るというのがトレンドだった。移住希望相談者の7割が50、60、70代だった」

シニア以外の移住相談も増えてきた。
シニア以外の移住相談も増えてきた。
「2007年問題」と「増田レポート」

 同センターは、団塊世代が60才になる、いわゆる「2007年問題」があって、彼ら彼女らを応援するために2002年に立ち上げられた。「そして一つの潮目が変わったのが2008年のリーマン・ショックでした。このときは新卒者の4割が希望する仕事に就けなかったことから、就職先として地方に目が向けられた」と高橋さん。

 「次に大きかったのが、2014年に発表された「増田レポート」でした。このままでは2040年までに少子化で全国にある自治体の半分が消滅する可能性があるとしたのです。これには政府も驚いて、地方創生に本腰を入れ始めました」

 それまで同センターに設けられた移住相談ブースは5つだったが、2015年4月には22ブースになる。それ以降、順調に増えていった移住相談。そこにコロナが直撃した。

 「その結果、2021年には20代、30代、40代の移住相談が全体の7割を超えてきました。これはシニア世代の相談が減ったということではなく、若者を中心に移住相談が全体として伸びたということなのです」と高橋さんは解説する。
 若者の価値観が多様化していることも大きいと高橋さんはみている。

 「ゆとり教育も関係しているのでしょうが、非常に自由。自然災害が多かったこともあり、ボランティア活動に熱心。デフレ下の暮らし。それらがないまぜになって価値観が多様化している」

 若者が多くなったことで「今は、就労の場があるところが人気です。そのために地方都市が人気になっている。一次産業への就労希望も2割強いる。かつては、例えば2008年には、自然環境のいいところが就労希望の条件としてトップだった」と高橋さんはいう。

高まる地方移住への本気度

 高橋さんは「地方移住への本気度が高い人が増えている」と語る。それが明らかになったのは9月下旬に3年ぶりに開催された「ふるさと回帰フェア2022」。約1万8,500人が参加した。相談ブースの人たちによると「本気度が高い人の割合は6割超だった」。

 高橋さんは、同センターの目標として「1,718市町村がありますが、現在の会員は503と、その4分の1ぐらい。私は少ないと思っている。半分、すなわち1,000自治体を組織したいと思っています。その目標が達成できれば、移住希望者にほぼ満足してもらえる受け入れ先を提供できるのではないかと思っています」と語る。

 戦後、経済復興のために地方から都市へと人を集めた。そういう若者たちは「金の卵」と呼ばれた。それとは逆に今は「都市から地方へと有為な人材にふるさと回帰してもらって、地域を活性化していくという流れ。それをサポートする“社会インフラ”としてのふるさと回帰支援センターを目指しています」と高橋さんは力を込める。

 「移住がブームになっていて、移住希望者の取り合いだといっているところもありますが、何も分かっちゃいない。希望者数は多いが、受け入れ先が少ないというのが実情です。これさえ解決できれば、地方移住は本当の“国民的運動”になります」

地方移住を希望する人の受け入れ先は現在約500自治体だが、ふるさと回帰支援センターではそれを1,000にするのが目標だ。
地方移住を希望する人の受け入れ先は現在約500自治体だが、ふるさと回帰支援センターではそれを1,000にするのが目標だ。