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【農業問題を考える(下)】農家でなく大企業・先端技術のための農水省「みどりの食料システム戦略」 ジャーナリスト天笠啓祐さんに聞く

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 「日本政府の食料安全保障の考え方は、ITとハイテクを中心に据えて、復興予算をも活用しつつ技術開発を優先させていく、その一環としての食料システム戦略なのです」
 そう語るのはジャーナリストの天笠啓祐(あまがさ・けいすけ)さん。

 安倍晋三政権から始まったイノベーション戦略。ITとバイオテクノロジーを中心にした農業戦略もそこからスタートし、研究者・技術者に対して罰則を伴うかたちで規制・監視を強化してきた。「今や食料問題もハイテクに巻き込まれてしまっている」

 農林水産省の「みどりの食料システム戦略」は次のような具体的数値目標を打ち出している——〇2050年までに化学農薬の使用量を50%低減〇化学肥料の使用量を30%低減〇耕地面積に占める有機農業の取り組み面積の割合を25%(100万ヘクタールに相当)に拡大。

 農水省は農業のグリーン化、持続可能化、有機農業化、食品ロス対策などを狙いとして挙げているが、天笠さんは「大義名分にすぎない」と手厳しい。「戦後一貫して農業を切り捨ててきたことが農業の担い手を奪ってきた。それらの反省がないままに、見直す意味があるのでしょうか? 農家も消費者もなく、あるのは大企業と先端技術だけです」

ジャーナリストの天笠啓祐さん
ジャーナリストの天笠啓祐さん

 切羽詰まって有機農業重視へシフト

 有機農業重視へと転換したようだが、実は切羽詰まった事情があった。化学肥料の原料であるチッソ(窒素)とリン酸(リン酸アンモニウム)はそれぞれ37%、90%中国に依存していたが2021年10月半ばから入ってこなくなったという。カリ(塩化カリ)についても26%をロシアとベラルーシに依存していたものが全面的に輸入停止となってしまった。

 「日本が有機農業を増やすのはチッソ、リン酸、カリを使わなくて済むからです。本気で有機農業を考えているわけではない。とにかく手を挙げなければいけない」

 日本のカロリーベースの食料自給率は37%。海外から安く買うことができればいいのではないかと貿易立国らしく考えられてきた。それは中曽根康弘内閣の時にまとめられた前川レポートに打ち出されていた考え方だが、それから35年以上経って、国際情勢も複雑化したにも関わらず、「修正」されただけだと天笠さんは言う。

 「敵と味方を分けて、敵からは買わない。味方から買う。敵の中のサプライチェーンは排除するという考え方。要するに“味方の中”で新自由主義を引き続き守っていこうということなのです」と天笠さんは2023年2月9日に東京千代田区神田三崎町の「スペースたんぽぽ」で開かれたトークイベントで語った。

 食料も技術立国化を目指している日本政府。その柱として重視されているのがAIとハイテクである。具体的には、「スマート農業」(要するに自動化)、「デジタル改革」(電子タグなど消費者に届けるまでのデジタル化)、「新型ワクチン開発」(新型コロナワクチンの考え方が農畜産業にも役立てられるという考え)、「ゲノム編集作物」、「RNA農薬」、「フードテック」(代替肉、昆虫食、培養肉)、である。

「現場からの発想はなく、上からの設計図なのです。農業を大きく変えることが目的で、大企業によるハイテクを用いた生産システムの構築、そしてその生産システムを軸にした流通までを含めた全体像の確立こそが“みどりの食料システム戦略”の狙いです」

 「すでにこれまでの農業政策によって農業の担い手たちが生きていけなくなっています。家族経営農家は本当に苦しい。高齢化が進み、若い人が入ってこない。そういう人たちを切り捨ててきた。“みどりの食料システム戦略”は新たな矛盾を上乗せするだけです」

 農業のスマート化とは何か?

 農業のスマート化とは何か? 天笠さんに主だったものを挙げてもらうと——「育種ビッグデータとAIを用いた品種の改良」、「遺伝子レベルの解析とそれを利用した新たな作物開発」、「自動化した野菜工場」、「ロボット農業機械の活用」、「バイオスティミュラント(植物の免疫性を高める技術)の活用」、「ナノ粒子の活用」、「RNA農業」・・・。

 ゲノム編集作物については、すでに日本では高GABAトマトが市販されている。

 高GABAトマトは2020年12月に届け出が受理された。天笠さんによると、遺伝子組み換えとほぼ同じ方法で開発されたが、遺伝子組み換えだと食品安全審査を通らなければならないなどハードルが高いので、「遺伝子組み換えとは違う」ということで受理された。

 「届け出は任意なのですが、厚生労働省が届け出るように指導しているから、今回は届け出がされました。しかし、外国企業が開発した場合、届け出なくていいから、何が流通しているのか見えない、分からないということになってしまいます」。

 高GABAトマトとは、GABAを多く含むトマトで、筑波大学の江面浩教授がベンチャー企業のサナテックシード社(東京)と共同開発した。2021年5月中旬から苗の無償配布を始め、同年9月から販売を始めた。契約農家が熊本県で栽培している。トマトを売り出したものの3キロでおよそ7500円と高く、苗も4株で約8200円と高額で、売れなかった。「そこで小学校やデイケア施設などへの無償配布を打ち出しました。しかし、全国で反対運動が起こっています。各地の住民が自治体に対してゲノムトマトを受け取るなと要求しています」「高GABAへの疑問もあります。通常、植物が高GABA状態を維持することはない。虫から守るために一時的にアミノ酸が出るのです」

 そして機能性表示食品である高GABAトマトが健康にいいかは立証されていないという。「トクホ」の場合は科学的根拠が必要ですが、「機能性表示食品」に関しては「いいかげんな論文でも厚労省が認めている。これはアベノミクスで経済活性化のために作ったもので、いいかげんなものがどんどん出てきた。私は“アベノミクソ”といっています」。

 「太ったマダイ」と「成長の早いトラフグ」

 水産でも遺伝子レベルでの新品種開発が進んでいるという。
 二ホンウナギとクロマグロは完全養殖化に成功している。「今までのように海や川の近くでなく、陸上での養殖技術が確立しつつある。今開発されているのはバイオフロート方式という、微生物のかたまりを入れて水を浄化させる技術です」と天笠さんは言う。

 それとあわせてゲノム編集によって魚が開発されている。ゲノム編集によって生まれた「太ったマダイ」と「成長の早いトラフグ」が日本で2021年に承認されており、同年暮れからネット販売されている。そうした魚が出回っているのは日本だけだという。

 リージョナル・フィッシュ社(京都市)が手がけている。天笠さんによると、京都大学の木下政人教授と近畿大学の家戸敬太郎教授が開発した。

 「食欲を抑える遺伝子を壊して過食症にすることで太ったトラフグになるのです」。

 さらに、「リージョナル・フィッシュ社は陸上養殖向けのバナエイエビを開発中です。奥村組が水の循環、NTTドコモが水質監視を担当といった具合に大企業が参画しています」。

 養殖しやすいマグロ、マサバも国立研究開発法人の水産研究・教育機構・水産技術研究所で開発されており、国が多額の予算をつけて、長崎県で行われている。

 天笠さんは懸念する。「多様な遺伝子を壊す可能性が高い。複雑な生命の仕組みをかき乱し、波及効果があるでしょう。さまざまな遺伝子を壊す“オフターゲット”が大問題です」。

 そうして起こった異常が世代を超えて受け継がれてしまう「エピジェネティック」な異常も心配です、と天笠さん。「ダイオキシンと同じです。ベトナム戦争時に使われた枯葉剤が、今産まれてくる子どもたちにも異常をもたらしているのです。世代を超えて受け継がれてしまうのです。カネミ油症についても同じことです」

 将来の農薬の本命であるRNA農薬

 RNA農薬については「これから農薬の本命にするといわれています。ゲノム編集より容易なノックアウト技術を使います。遺伝子組み換えで植物の体内にdsRNA(2本鎖RNA)を作らせて虫がそれを取り込むと死ぬようにするのです。これは“RNA干渉法”というメッセンジャーRNAの働きを妨げるもので、虫が重要としているタンパク質をつくらせない」。

 「アポトーシス(突然死)遺伝子は虫も私たち人間もみんな持っています。しかし、働いたら困るので厳重に働かないように守られている。その守っている遺伝子の働きを妨げるということで、よく考えてみるととても怖い話です」

 RNA農作物は「すでに多国籍企業バイエル(旧モンサント社)によって開発されており、安全審査などがあるので市場化は2030年ごろでしょうか」(天笠さん)。

 フードテックについて、天笠さんは「細胞培養によるすしネタが回転ずしチェーンのスシローで使われています。植物由来のアーモンドミルクなどの代替乳はネスレが先を行っています」。「だが、フードテックは地域の食文化を破壊してしまう。安全性に疑問がある。代替肉については味を調えるためなどの理由で食品添加物が大量に使われている。最も地球環境を破壊している経済拡大・技術依存に基づく食料がフードテックです」

 「AI、ゲノム編集作物、RNA農薬、フードテックに依存する農業は危険です。食の安全を守り、生物多様性を守り、未来の世代を守るためにも」