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地方発スタートアップを発掘 NESファンド、人材育成が課題

2022年11月に佐賀市内で開かれた22年度「Startup Boost SAGA」で参加者を個別指導するNESの今川代表取締役(手前左)ら(NES提供)

 官民を挙げたスタートアップ(新興企業)創出事業が各地で盛況だが、日本の経済構造と同様に、国内の起業やベンチャー投資の大半は東京が舞台。こうした東京一極集中の是正と「地域経済をけん引できる」スタートアップの発掘・育成を目標に掲げたファンド運営会社NES(エヌイーエス、今川信宏代表取締役、東京都港区)が、ファンドの運用を始めて間もなく2年になる。投資額は第1期の目標に近づき、地方企業への出資も増加しているが、「人材育成はまだまだの段階」(今川代表取締役)と課題も見えてきた。

▽人工衛星から楽曲プロモまで

 NESは、ベンチャー投資・事業創出事業を行うレジェンド・パートナーズと三井住友信託銀行により2019年に設立された。ベンチャー投資だけでなく、起業家育成にも取り組み、「日本のどこでも、社会課題の解決・イノベーションを起こせる新しいエコシステムの構築」を目指している。

 投資事業では、最大40億円を目標に21年9月末から第1期のファンド運用を開始した。自らの出資金の範囲内で有限責任を負うLP(リミテッド・パートナー)出資者として、三井住友信託銀行のほか、信金中央金庫、独立行政法人中小企業基盤整備機構、明治安田生命保険、鉃鋼ビルディングなどが出資している。

 投資先スタートアップ(SU)は23年7月末時点で20社。「都市部(東京)」SUはIT中心だが、「大学発・地方発」SUは領域不問。投資先20社のうち7社は東京都以外に本社を置く地方企業が占めている。

 北海道大学発のSUとして20年に設立されたLETARA(札幌市)は「小型衛星用推進システム」を開発。現在、人工衛星は年間2千機ほど打ち上げられ、今後さらに増加が見込まれる中、プラスチックを燃料に用いた高推力・安全・安価な推進システムを開発しているという。「インフルエンサーに楽曲使用の依頼ができるプロモーションプラットフォーム運営」のBaby Jam(山口県下関市)や、「日本最大級の在留外国人専用採用情報メディア」のYOLO JAPAN(大阪市)など、出資先は多彩だ。

自治体や大学と連携した育成プログラム

 もう一つの事業の柱である起業家育成は、ファンド出資者の協力を得ながら、地方の自治体や大学と連携して全国に広がりつつある。福岡市では「福岡未来創造プラットフォーム」(福岡県内の14大学と福岡市、福岡商工会議所、福岡中小企業経営者協会が参画)から、起業を目指す学生らのビジネスプラン実現を応援するプログラム「ビジネスチャレンジNEXT」の運営を受注した。23年度は6月から9月にかけ、応募した学生の事業案をブラッシュアップ。審査会で選ばれたプランに対し、プロのメンターが指導・助言するほか、最大10万円の活動費を支給する。「大学1、2年生が中心で、アントレプレナーシップ(起業家精神)教育に主眼を置いている。企業への就職だけでなく、起業も選択肢になれば」(NES)という。

 NESは、佐賀県が19年度から開始し、年々内容を拡充している「起業家の成長フェーズに合わせた5つの個別指導プログラム」の一つ、「Startup Boost SAGA」も受託している。数カ月にわたり、採択された起業家や新規事業を立ち上げようとしている経営者らをメンターがサポート。ベンチャーキャピタルなどからの資金調達に向け、ビジネスプランを磨き上げる。5つのプログラムに採択された事業はこれまでに延べ60件を超える。事業が採択された会社のうち3社は、今年行われた「第20回九州ニュービジネス大賞」で入賞した。“佐賀県勢”が受賞6社の半数を占め、「第18回ニッポン新事業創出大賞(アントレプレナー部門)」にも推薦された。優秀賞に選ばれた株式会社すみなす(佐賀市)は「アート特化型の就労継続支援B型施設を開設し、障害や精神疾患を抱える人々にアーティストという新しい働き方を提供。全国展開を見据え、事業加速に取り組んでいる」(佐賀県産業DX・スタートアップ推進グループ)。奨励賞を受賞した株式会社Dessun(佐賀市)は社会貢献に取り組みたい中小企業と支援を得たいNPOとをマッチングするサービスの運営、株式会社Retocos(唐津市)は唐津市内の離島で栽培されている無農薬・無化学肥料のツバキや甘夏などを用いた化粧品原料の提供など、いずれも個性的な事業を展開している。

 その他NESでは、信州大学の大学院生向けに「大学発技術系ベンチャー実践論」や愛媛大学の大学生向けに「起業家育成プログラム」、全国の学生向けに「生成AI×起業」のオンラインプログラムなども開催している。

▽地域から“輸出”できる事業を

 NESが全国各地で参画する起業家育成プログラムには、今川代表取締役、宅配ポータルサイト運営「出前館」元社長の中村利江顧問(医療関係DX支援のエムスリーソリューションズ社長)、海老根智仁取締役(レジェンド・パートナーズ会長)、NES創業メンバーの一人である野口謙吾非常勤取締役(三井住友信託銀行副会長執行役員)をはじめ、同社の役員らがメンターやサポーターとして起業希望者とやり取りをしながら活動している。

 また、NESでは、本プログラムの企画段階から連携関係にある三井住友信託銀行の支店や、信金中央金庫を通じた地元の信用金庫の協力を得て、プログラム参加者の募集などを行っている。さらに、信金中央金庫では、「全国の信用金庫のネットワークを活用し、スタートアップ企業と信用金庫取引先間のビジネスマッチングの機会の提供を考えている」(地域創生推進部)。

 今川信宏代表取締役は「地域企業には2種類ある。周辺の会社と同じように、着実な成長を目指す一般的な中小企業型と、数年以内に数億円単位の売り上げ・急成長を目指すスタートアップ型だ。地方では、その地方や地域での問題解決という視点になりがち。スタートアップとして急成長するには、東京のスタートアップのように視野を広げ、視座を高める必要がある」と指摘。同時に「地方にいて、わざわざ、今更、東京や日本のマーケットを狙うというだけでなく、“日本発”として海外市場を目指してほしい。これだけITが達した時代なのに、ベンチャー投資の70%超はいまだ東京に集中している。われわれも地域の方々の応援が多いという地方の利点を生かしながら、人材の育成に力を入れていきたい」と話している。