若者が果たすべき役割を議論、「世界津波の日」座談会

 日本が世界に呼び掛け国連で制定された「世界津波の日」(11月5日)。制定から5年の節目を記念した座談会がこのほど東京都内で開かれ、若者が果たすべき防災上の役割などをテーマに小此木八郎・国土強靱化担当相らが防災活動に取り組む若者3人と意見交換した。

仲間の輪広がる高校生サミット

 座談会には、小此木国土強靱化担当相のほか、同相に助言するナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会座長の藤井聡・京都大大学院教授が参加し、各地で防災活動に取り組む、北海道札幌国際情報高校3年の井戸静星さん、同志社女子大1年の伊森安美さん、東北福祉大3年の角田かりんさんの話に耳を傾けた。進行役はフリーアナウンサーの酒井千佳さん。

「世界津波の日」座談会の参加者。
「世界津波の日」座談会の参加者。

高校生サミットで防災意識に変化-伊森安美さん

小此木 日本は東日本大震災の3カ月後、法律で11月5日を「津波防災の日」とした。その後、2015年の国連総会で、世界津波の日が採択された。これは世界に向け「津波から命を守ろう」と呼び掛けた日本のメッセージだ。今年で5年が経過し、世界各地で命を守る活動が広がる。日本は世界の高校生が防災を語り合う「高校生サミット」を16年から毎年、開いている。世界の若者が交流の成果を各自の活動に生かしている。

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酒井 井戸さんと伊森さんは、高校生サミットの議長を務めましたね。

井戸 仲間を得たことが一番の収穫だ。これまで仲間と一緒に、厳冬期の避難所運営を考える啓発イベントなどを開いてきた。仲間は活動の大きな支えになっている。

伊森 防災意識が高まった。サミット後は「ここにいま津波が来たら」という意識で避難訓練に臨むようになった。高校1年で初めて参加したサミットでは、英語をうまく話せず悔しかったので、2回目のサミットでは議長に立候補した。今は若者が使う会員制交流サイト(SNS)の「インスタグラム」にサミットの写真を掲載し、世界津波の日を若い世代に発信している。災害時の訪日外国人のための避難案内標識や備蓄の在り方にも関心がある。

酒井 角田さんが防災に関心を持ったきっかけは何ですか。

角田 看護師の母、救命救急士の姉の影響が大きい。いま救命救急士を目指している。防災サークルでは小学生向けへの防災教育などに取り組んでいる。実践を重視し、がれき撤去のため被災現場にも行く。防災の重要性をラジオの啓発番組でも発信している。

【角田 かりんさん(つのだ・かりん) 東北福祉大3年。学内防災サークル「Team Bousaisi」副代表。茨城県出身。21歳】
【角田 かりんさん(つのだ・かりん) 東北福祉大3年。学内防災サークル「Team Bousaisi」副代表。茨城県出身。21歳】

普段の付き合いが命を救う―角田かりんさん

酒井 これまでの活動で気付いたこと、広く伝えたいことはありますか。

井戸 異変が起きたら身を守る行動をすぐ取ってほしい。地震や豪雨時、多くの人は「津波、洪水にならない。自分は大丈夫だ」と思ってしまう。これは「正常性バイアス」(無意識のうちに事態を過小評価する心理傾向)という問題だ。特に若者にその傾向が強い。避難所運営に参加するなど、若者は受け身でなく主体的に学んで防災意識を高める必要がある。

【井戸 静星さん(いど・しずほ) 北海道札幌国際情報高校3年。高校生サミットin北海道議長、東京都出身。18歳】
【井戸 静星さん(いど・しずほ) 北海道札幌国際情報高校3年。高校生サミットin北海道議長、東京都出身。18歳】

伊森 いざというときに、行動ができなければ意味はない。自戒を込めて言えば、避難訓練は真剣に取り組んでほしい。地元は海沿いの和歌山県串本町で津波への警戒は強い。幼いころから避難訓練をしていたが、いつしか危機意識は薄れ、ただこなすだけの訓練になってしまっていた。

【伊森 安美さん(いもり・あみ) 同志社女子大1年。高校生サミットin和歌山議長。和歌山県出身。18歳】
【伊森 安美さん(いもり・あみ) 同志社女子大1年。高校生サミットin和歌山議長。和歌山県出身。18歳】

角田 災害はいつ来るか分からない。普段の近所付き合いは大事だ。国・自治体の公助や自分の身を守る自助はもちろん、地域で助け合う共助がとても大切だ。1995年の阪神淡路大震災では、がれきの下敷きになった人の多くは近隣住民に助けられた。

反省が“次”につながる-小此木八郎・国土強靱化担当相

酒井 3人の取り組みに感心します。大臣、藤井さんはどのように感じましたか。

【酒井 千佳さん(さかい・ちか) 北陸放送アナウンサー、テレビ大阪アナウンサーを経てフリー。気象予報士。兵庫県出身。35歳】
【酒井 千佳さん(さかい・ちか) 北陸放送アナウンサー、テレビ大阪アナウンサーを経てフリー。気象予報士。兵庫県出身。35歳】

小此木 防災意識の向上や、災害時の訪日外国人への配慮、自助、共助、公助の必要性を指摘いただき心強い。みなさん、それぞれの経験を踏まえ工夫し活動されている。共助では2017年の九州北部豪雨災害で、被災された福岡県東峰村村長の話が忘れられない。残念ながら東峰村の犠牲者はゼロではなかった。
 ただ、過去の豪雨災害の反省を踏まえた対策を実行し、若者がお年寄りを助けた例があったという。過去の災害時の反省を踏まえた備えは次につながる。現在実施中の防災・減災、国土強靱化のための3カ年緊急対策後においても、省庁、自治体や官民の垣根を越えて、国土強靱化を進めていく。

藤井 多くの人は、当たり前の暮らしを断ち切る〝とんでもないこと〟が起こり得ることを忘れる。世界津波の日や防災力強化を担う国土強靱化担当相、高校生サミットは、その反省から生まれた。とんでもないことは起こり得る、とわれわれが忘れないように、若者の立場からの発信に期待している。

小此木 過去の災害を知るお年寄りから、若者が地域の歴史をはじめ多くのことを吸収することも大事だ。私の地元の鶴見川はよく氾濫し、堤防や遊水池が造られた歴史がある。災害が来ても被害が最小になるよう、災害に耐えうる強靱化したものを事前につくることが大事である。みなさんの話を聞き、あらためて事前防災は重要であり、国土強靱化を強力に推進できるよう思いを強くした。

【小此木 八郎氏(おこのぎ・はちろう) 衆院当選8回。2020年9月から2度目の防災担当・国土強靱化担当相。横浜市出身。55歳】
【小此木 八郎氏(おこのぎ・はちろう) 衆院当選8回。2020年9月から2度目の防災担当・国土強靱化担当相。横浜市出身。55歳】

世代間協力で将来の防災・減災実現へ-井戸静星さん

酒井 若い世代への期待は大きい。若者が担う防災活動の役割、特長は何か。

井戸 若者が防災に取り組めば、刺激を受けて上の世代も取り組む。若者は上の世代の防災活動を盛り上げることができる。上の世代から伝統や知識を引き継ぐだけではなく、若者が積極的に行動を起こし、全体の防災活動を底上げする。異なる世代がお互いに学び合う、「双方向の関係」を築きたい。それが将来の防災・減災につながる。

伊森 インスタグラムで発信するとサミットの仲間は反応してくれる。そのつながりを大切にしながら、私たちが率先し、若者に身近なSNSでどんどん、防災情報を発信していくことで、多くの人が災害時に自主的に行動できるようにする。これが若い世代の重要な役割だ。

角田 若い世代の防災意識が高まれば、日本全体の防災意識は向上する。国土強靱化の取り組みの中でも防災意識を高める「ソフト面」での取り組みは若者もいろいろとできるはずだ。アンテナを高くして、さまざまな防災活動を若者は積極的にやっていくべきだ。

悲劇の共有で人間の“愚かしさ”克服を―藤井聡・京都大大学院教授

酒井 大臣、藤井さん最後に一言をお願いします。

藤井 悲劇が起きた直後、人間は反省し、世の中は少しだけ良い方向に動く。しかしすぐ忘れて悲劇は風化する。人間は崇高さ、偉大さを持つが、とんでもない愚かしさも併せ持つ。その愚かしさをどう克服するかを人間は生涯問われ続ける。
 津波を考えることは、人間の愚かしさを乗り越える糸口となる。津波を考えることで日常の危うさや薄氷の上にある社会を理解できる。理解は感謝の念を生み、感謝は次世代への義務感、責任感を育む。津波への対応をゆるがせにしない「心の形」が、あらゆる危機に対し、強靱な国民、国家をつくる。

【藤井 聡氏(ふじい・さとし) 京都大大学院教授。ナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会座長。奈良県出身。52歳】
【藤井 聡氏(ふじい・さとし) 京都大大学院教授。ナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会座長。奈良県出身。52歳】

小此木 防災の取り組みは人間の人生に似ている。人生で失敗したときには、周りの人に助けてもらうことがある。国土強靱化は、自らの身は自らが守り、お互いが助け合いながら地域でできることを考え、主体的に行動することが取り組みの基礎となる。今後も、「自助」「共助」「公助」を適切に組み合わせ、強くてしなやかな国づくりに取り組んでいきたい。

【世界津波の日】
2015年12月の国連総会で、11月5日を世界津波の日とする提案が全会一致で採択された。日にちは、1854年11月5日の安政南海大地震にちなむ。この地震で多くの村人の命を救った浜口梧陵(和歌山県)の優れた行動は、津波対策の手本だといわれている。