新型コロナウイルスの感染やワクチン接種といった難題に直面し、菅政権の政治責任が問われる試練の日々が続く。菅義偉首相は「国民の命と健康を守る」と繰り返すが、衆参3選挙の敗北も相まって政権戦略の歯車が狂いつつある。
真空状態
「国民の皆さんの審判を謙虚に受け止め、さらに分析した上で、正すべき点はしっかり正していきたい」。衆院北海道2区と参院長野選挙区の補欠選挙、参院広島選挙区再選挙の全敗を受け、菅首相は4月26日、官邸で記者団に淡々とした面持ちで感想を述べた。
菅政権への中間審判と位置づけられた衆参3選挙での惨敗に、首相は周囲に「理由は分かっている」と平静さを装った。3選挙の投票率は過去最低レベルで、一般的に投票率が低ければ、後援会などを稼働させる保守政党に有利に働くとの見方もある。だが、今回の敗因に北海道2区の不戦敗を含め「政治とカネ」問題への逆風やコロナ対策への批判があるのは明白だ。
10月の衆院議員任期満了まで半年を切る中、政府、与党内には衆院選への焦りが募る。自民党の二階俊博幹事長は3選挙から一夜明けた4月26日の記者会見で、今回の敗北が政権運営に与える影響を問われ「影響がないとは言えない」と言明した。「衆院選に向け、党としてしっかり巻き返しを図っていきたい。必ず勝利する」と捲土(けんど)重来を誓った。
安倍政権下で逆風が吹く選挙の経験がない自民党若手の中には「菅降ろし」の高まりを期待する声もある。だが党内の「ポスト菅」レースは、人気と実力を兼ね備えた衆目の一致する候補がいないのも事実だ。安倍晋三前首相がBS番組で、菅首相支持を表明すると、二階氏ら幹部が追随した。党関係者は「誰も動けない『真空状態』が続く」とぼやく。
ポスト菅の本命不在を見透かしたかのように首相は動きだした。憲法記念日の5月3日、改憲派が開いたウェブ会合にビデオメッセージを寄せ「現行憲法の時代にそぐわない部分、不足している部分は改正していくべきではないか」と改憲への意欲を表明。コロナウイルス感染拡大など国家的危機に対応するため緊急事態条項を創設する憲法改正の必要性に触れ「憲法にどう位置づけるかは極めて重く大切な課題だ」と強調した。
改憲に関し、首相は4月の米誌インタビューで「現状では非常に厳しいと認めなければならない」と指摘。2020年の改正憲法施行を訴えた安倍前首相と異なり、期限を明記せず国会での議論を求める発言に終始してきた。
メッセージを寄せた5月3日には、選挙プランナーや自民党の山口泰明選対委員長と相次いで面会したことも併せ、秋までの衆院選や自民党総裁選を見据え「保守層へのアピールと野党へのけん制」(政権幹部)という意味合いがあったのは間違いない。
閉塞感
感染力の強い変異株による感染拡大が広がる。政府は5月14日、北海道、岡山、広島の3道県を緊急事態宣言の対象に追加すると決定。群馬、石川、熊本の3県はまん延防止等重点措置に適用された。これで宣言の対象は9都道府県、まん延防止措置は10県に拡大、コロナウイルスは全国にはびこりつつある。
「一人一人の命を守る切り札だ。政府全力を挙げて取り組んでいく」。3道県の緊急事態宣言追加発令の決定を受け、首相は5月14日の会見で、ワクチン接種を加速化させる考えを力説した。ただ宣言追加には「専門家のご意見も尊重し、今回の判断を行った」と言葉少なだった。
ワクチン接種の浸透が感染抑止につながる側面があるのは否めない。だが、専門家で構成する基本的対処方針分科会で政府方針への異論が相次ぎ、首相は急きょ宣言追加へとかじを切った。現状認識の甘さや危機意識の欠如が露呈したとの批判を浴びるのは当然だ。
首相は、高齢者向けワクチン接種の7月末までの完了を目指すと表明。7月末までに完了できない市町村が14%に上るとの政府の調査結果について「ショックだった」と述べ、関係する地域選出の衆院議員に協力を呼び掛けたと説明した。地方行政を所管する総務省から自治体の首長に電話をかけ、接種完了の前倒しを求めるあからさまな対策も講じる。武田良太総務相や総務省幹部が報告のため首相の下に足しげく通うのが官邸の日常風景となっている。
5月24日からは自衛隊が運営するワクチンの大規模接種センターが開設する。1日当たり東京は1万人、大阪は5千人の対応が可能とされ、自衛官で医師資格を持つ「医官」や看護師資格を持つ「看護官」ら計約280人が任務に当たる。
センターの運営に関し、河野太郎行政改革担当相が「1日1万人になるかどうかは自衛隊の検討次第だ」と言及。自民党の国防部会と安全保障調査会では、小野寺五典・元防衛相が「安全保障環境は厳しい状況だ。自衛隊の本来任務に影響を及ぼすことはないか」と懸念を示した。自衛隊関係者は「最高指揮官(首相)の命令には逆らえない」と自嘲気味に話す。
1日100万回接種し、7月末までに希望する高齢者に2回の接種を終わらせるため手段を尽くすという首相。数字ありきの言葉がむなしく響く。言葉の裏には国民の信頼を得ながら、国会議員や官僚との論議を通じ、政策を決定する姿勢の欠落が透ける。
共同通信社が5月15、16両日に実施した全国電話世論調査で、菅内閣の不支持率は前回4月調査から11・2ポイント急増して47・3%となり、政権発足以降最多となった。複数の政権幹部は「今は我慢の時だ」と口をそろえる。ワクチン供給やポスト菅レースを含め、今の永田町には出口の見えない閉塞(へいそく)感が漂っている。
(共同通信政治部次長 倉本 義孝)
(KyodoWeekly5月24日号から転載)