歯止めがかからない日本の出生率の低下。人々のライフスタイルの変化や高い子どもの教育費などその理由はさまざまだろう。他方、子どもがほしいと願っても何らかの不妊に悩むパートナーたちも少なくはない。
2022年4月、人工授精や採卵などの不妊治療が保険適用となったのをご存じだろうか。保険の対象となった不妊治療は、「一般不妊治療」と「生殖補助医療」と呼ばれるもの。それまでの助成金と同様、体外受精と顕微授精については、対象となる女性の年齢(治療開始時に43歳未満)と実施回数に制限が設けられている。
経済的にも精神的にも患者の負担が大きいといわれてきた不妊治療。保険適用はどのような変化をもたらしただろうか。今回は、保険が適用されてから約1年が経過した現場の状況について、産婦人科医で「表参道ARTクリニック」(東京)の門上大祐院長に話をうかがった。
――昨年、人工授精などの「一般不妊治療」と、体外受精などの「生殖補助医療」が保険適用となった。現場ではどのような変化があるか?
門上 2022年3月まで自費診療だった不妊治療が保険適用になると、ある程度の制限がかかる。(保険適用の中身が判明するまでは)その制限が入って妊娠率を(これまでと同程度)担保できるのか不安だった。
保険適用はよかったと思っている。金額面のメリットは大きい。(自費診療の場合は)病院によっても金額が変わり、(治療全体の費用が)どのくらいになるのか分からない、という受診のしにくさがあった。保険診療になって費用が明確化されたことで、(当クリニックでは)2~3割患者が増えている。保険化により、日本全国どこの病院に行っても同じ治療が受けられるメリットがある一方、混合診療が認められていないので、個別化の診療が必要な人は全て自費になる。そういう人には(保険適用に合わせて)助成金がなくなったので、費用負担が大きくなった。また、(保険では)基本的に標準治療しかできない。
「子宮内フローラ検査」などの先進医療は自費だが、保険診療との併用が認められている。個人的には子宮内フローラ検査(先進医療A)をすることで妊娠率の向上をみてきている。必要な患者には(先進医療を)保険診療と併せて勧めている。コスト面から保険診療の範囲内を希望する反面、(少しでも妊娠率などを上げるため)保険適用外の検査もしたいという思いが患者にはあり、悩む人が多い。こちらとしても、保険適用外の検査をするために治療全体を自費にするのか、悩むところ。
――保険適用された標準治療では妊娠率を維持できるのか不安だったということが、実際はどうか?
門上 この1年間、妊娠率は前と変わらないぐらいかむしろ少し良くなった。受診する患者の年齢が若くなっていることが要因として考えられる。保険適用で不妊治療に対する社会的な啓蒙(けいもう)が広がり、受診しやすい環境になった。不妊休暇を作る会社も出てきている。
体外受精は、卵胞の発育に合わせて採卵する。卵の発育が一番いい時に採りたいので、生理開始後の2週間は受診回数が多くなる。自費診療では月経の開始をピルなどで調整していたが、保険診療では基本、月経の調整ができない。標準治療以外の治療が必要な患者は(全体の)10~15%ぐらい。年齢を重ねると多くなる。そういう人に対して、今後、国としてどう対応するのか。
――保険診療でも43歳未満という年齢制限がある。43歳以上の患者は多くはないのか?
門上 43歳以上の患者も多い。保険適用には一定のラインは必要だが、44歳がいいのか45歳がいいのか。高齢妊娠では、妊娠後の合併症の問題や子どもの福祉の問題がある。保険適用後、若い人がクリニックに来るようになった。早く治療をしているので、早く妊娠する人が多いのは多い。少子化対策としての効果があると思う。
一方、女性のライフプランの中で妊娠・出産でキャリアが崩れることもある。欧米では、キャリア形成のために卵子凍結することを民間保険でカバーしようという動きもある。現状、(日本では)卵子凍結をするとその後の治療は全て自費になる。両立のための何らかの仕組みがあるといい。そして、年齢によって妊娠率が下がることや、人によって卵巣機能が低い・高いがあることなどを学校教育でもう少し啓蒙してもらいたい。昔は、「ほっといても妊娠する」という考えがあったと思う。でも妊娠するために治療が必要な人はいる。
――妊娠しやすい体を作るために、日々の生活で注意することは?
門上 例えば肥満。男女ともにだが、BMIが高くなると妊娠率が下がるというデータがある。BMIが極端に低い場合も同様。また、精子の研究は卵子と比べると遅れていたが、精子も年齢を重ねると質が下がることが分かってきた。女性だけではなく、男性側も結婚や出産の年齢を考えてほしい。さらに細かい話だが、精子を作っている精巣の温度を上げ過ぎるのはよくない。長時間のお風呂やサウナで精巣の温度が上がると、精子の質が低下することが知られている。不妊治療は女性の検査ばかりがいわれてきたが、男性側も注意しなくてはいけないことがたくさんある。
――保険適用が男性側に与えた影響は?
門上 (一般不妊治療である)タイミング法も、(生殖補助医療である)体外受精も夫婦で来院して計画書を作る。それが絶対条件。保険適用前は「夫婦一緒に」という縛りはなかった。
妊娠しない人の原因の約3割は精子にある。無精子症とか。若い人が受診するようになって、早い段階で原因が分かるようになっている。無精子症ではTESE(テセ)という手術をして、精巣内から精子を採る。昔は自費だったが今は保険が適用されている。体外受精の費用は保険適用で約20~25万円。高額療養費制度もあり、患者の費用負担は軽くなっている。
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不妊治療に限らず、すべての薬剤・検査を保険でまかなうことはできない。他方、医療技術や方法は存在するにもかかわらず、保険適用外という理由で高額な医療費を負担している患者がいるのも事実だ。少子化は社会全体の問題だ。学校などにおける教育やワークライフバランスのあり方を含め、不妊治療について家庭・地域・企業内でもっと議論を進める必要がありそうだ。
【門上大祐(かどがみ・だいすけ)医師】
滋賀医科大学医学部卒業。日本産科婦人科学会専門医、指導医。日本生殖医学会生殖医療専門医。認定がん・生殖医療ナビゲーター。日本IVF学会・ASRM(アメリカ生殖医学会)など国内外の複数学会に所属。不妊症検査から高度不妊治療・男性不妊症の診察など、幅広い診療を扱っている。