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「人材不足」という社会課題へのアプローチのカギは? ランスタッドの年見さんに聞く、“選ばれる”ために企業が取り組むべきこと

 人生100年時代。社会を取り巻くさまざまな要因により、個々の価値観も多様化している。また、性差、年代はもちろん、人生のさまざまな局面で仕事への価値観も変化していく。「終身雇用」や「年功序列」といった日本的経営は“崩壊”という言葉で表現されることもあり、多くの企業が抱える「人材不足」は、少子高齢化・雇う側と雇われる側のミスマッチ・若者の仕事に対する価値観の変化などが大きな要因といわれている。そのような中で、選ばれる企業、さまざまな人がやりがいを持って働ける企業になるために、企業は何ができるのか。“世界で最も公平で専門性を備えた人材サービス会社”を目指す、ランスタッド(東京)の年見貴子さん(オペレーショナルタレントソリューション事業本部西日本本部 本部長)に話を伺った。

ランスタッド オペレーショナルタレントソリューション事業本部西日本本部 本部長の年見貴子さん

――ランスタッドがヨーロッパ、アジア太平洋、南北アメリカの35の国と地域で2万6000人の労働者を対象に行った世界の働く意識調査「ワークモニター2025」では、調査開始から22年で初めて、就業先の選定において日本の働き手が重視する項目として、「ワークライフバランス」(日本65%・世界83%)が「報酬」(日本62%・世界82%)を上回りました。

 個人的にいろいろな方たちとお会いする中でも、それこそ15年ぐらい前から、「給料じゃないんだよね、やりがいなんだよね」とか、「そんなにお金は要らないから」というような若者が増えてきたなという実感はありました。でも、ついに上回ったかという驚きが、素直な感想です。価値観の多様化が要因と思いますが、このような結果が出ると、雇用側は、ワークライフバランスに対して色々な施策を取っていかなくてはなりません。代表的なのは、わが社も取り組んでいますが、男性の育休取得や時短勤務推進に向けた対策などです。

 でも、本当の意味でのワークライフバランスというのは、もっと身近なところにあるのではないかと。例えば、定時に気兼ねなく退社できたり、食べるべき時間に周りを気にせず昼食を食べられたりとか。現場の上長が、率先してそういう社内の雰囲気を作り出すことが大事かなと感じています。子どもの入学式や卒業式などでも、お父さんの参加者が増えていますね。お父さんたちが会社を休んで子どものイベントに参加することも、“できるようになった”というより、“参加して当たり前”という雰囲気に日本全体がなっているのかなというのは肌で感じています。

――ワークライフバランスの重視、ミスマッチの防止などについて、どのように感じていらっしゃいますか?

 やりがいを追求するために、自分に対する投資をしている若者が多いなと感じます。ミスマッチについては、本人の本音をちゃんと聞き出せていないと起きてしまうということを、人材サービスの会社として身をもって感じています。例えばすごくお話が上手で、コミュニケーションスキルが高い方に先入観でお仕事を案内していると、実は、コツコツと1人で取り組むお仕事が好きだったりするというケースもあります。固定観念をなくし、ミスマッチを防ぐことが大切だと感じています。

 一方で、高卒就職者の相談を受ける中などで、企業の規模やネームバリューにのみ目が向かわれているケースも目にします。どのような職場でどのような業務をし、キャリアアップしていくシステムはあるかなどまで、進路指導の先生が企業からヒアリングをした上で生徒に提案できれば、よりよい就職支援ができるのではないかと思います。

 そのような観点からすると、「派遣」という働き方はいろいろな職場を一定期間体験できるので、就いた仕事が自分には合わなかったと感じたときに、ほかの仕事に変わったり、さらに挑戦してみたりすることができます。企業とのマッチングがうまくいった場合には、そのまま派遣から直接雇用という形にキャリアアップしていくケースは非常に多いです。派遣社員については国が定めている雇用の安定措置として、3年経過したらその企業の無期雇用として受け入れるか、あるいは派遣先の無期雇用として直接雇用に換えることなどが義務付けられています。

 「派遣」という形にこだわって働く方も少なくありません。自分のタイミングでやめたり仕事したりしたいという人たちが、一定数いらっしゃいます。お金を貯めたら海外に旅行に行きたい、常に何かを学んだり体験したいというような方々だったり、子育て中で、子どもの長期休み期間は家にいたいという方が、長期休暇を取得し、それ以外の期間を扶養内で働くという形を取られるケースもあります。

――“人材不足”の中、選ばれる企業になるためにどのような取り組みをされていますか?

 色々な取り組みをしています。まずは、「タウンホール」。会社の今の状況や立ち位置のようなことを、ランスタッドジャパンのトップが、オンタイムで発信するイベントです。また、「サンキューイベント」といって、スタッフさん向けに日頃の感謝を伝えるイベントを開催しています。クライアントさんと共催もしているのですが、派遣スタッフだけではなく直接雇用の人たちも集めて、従業員にしっかりと直接言葉でありがとうと伝えて、ほめていく。クライアントさんからもスタッフさんたちからも、非常に好評を頂いています。

 また、「ジョブ型雇用」「社内公募制度」も採用していますので、要件を満たしていればチャレンジできるというのは、若者たちにとってもとても魅力的なのではないかと思います。

 チームビルディングに役立つと好評を得ているのは、ランスタッド日本法人が独自で開発した「EVPカードゲーム」です。ランスタッドが掲げている「EVP(従業員価値提案)」の柱としている5つのテーマ「パーパス(目的)」「企業文化」「成長とキャリア」「ウェルビーイング」「報酬」とそれぞれの施策が、日英両語で書かれた54枚のカードで構成したものです。このEVPカードを国内全94拠点の各チームに配布したほか、オンラインでも楽しめるようデジタル版も用意しました。カードゲームを楽しみながら、企業文化や会社の取り組みを知ったり、チームメイトの大切にしていることについて理解を深めたり、自分についての新しい発見につなげることができます。

――障がい者やLGBTQ当事者への理解についても取り組まれています。

 障がい者の方々の法定雇用率について、派遣会社の場合は派遣労働者も分母に入るので、要件を満たすためには相当数のチャレンジド(障がいがある)の方たちを採用する必要があります。派遣会社に多いのが、特定子会社という箱を作り、障がい者の方にそこで簡単な業務をさせるような形です。対してわれわれは、しっかりと仕事ができる、能力がある方を採用して、支店に配属し、通常の正社員と同じような仕事をしていただきます。もちろん給与体系も正社員と同じですし、実績により給与を上げていくこともできます。 

 例えば、ある支店で採用された方は、前職でも活躍されていた優秀な方です。ただ、障がいの特性で、長い指揮命令に対しての理解が難しいという面があります。採用するときに、その方を支援していた施設長の方と支店長が話をして、どういう業務をどういうふうにさせればいいのかという目線合わせをしっかりとしました。短めの指揮命令を出す形でスムーズに、生き生きと働いていただいています。

 障がい者の法定雇用率は2026年度にまた引き上げられます。障がい者雇用についてはミスマッチを減らすことが非常に大事。その人たちがしっかりと、誇りを持って働けるようにする。単純作業だけを任せればよいという固定概念を取り払い、しっかりとその人たちの能力開発につながるようなお仕事を渡すことができるようにするには、やはり長く働いていただく必要があります。その支援のために、ランスタッドでは、障がい者雇用の促進と定着支援を行う「定着支援者(Employee Support Representative)」という専任ポジションを独自に設置しています。障がいがある社員の相談窓口として面談を実施したりし、業務習得や習熟の支援を行い管理職とも連携したりするほか、医療機関や家族、役所など複数の外部支援先との協力関係も築き、包括的に当該社員の職場への定着やキャリア形成を支援していきます。現在社内に5人の定着支援者がおりまして、さらに増やしていこうということで新たに募集もかけています。

 性的マイノリティーの方々への理解促進についても取り組んでいます。東京レインボープライドや九州レインボープライドへの出展を通じてLGBTQ+の理解促進活動を行ったり、社内ではLGBTQ+に特化したガイドラインを作成し、その制作に携わった外部講師を招いて講演会を実施したりしています。さまざまなケースがあるので、全国でのケースを集めて、みんなで理解度を高めていくために活動をしています。

――ランスタッドの特徴である「ERG(Employee Resource Group)」という従業員主導型のグループ。ジェンダー・ワークライフバランス・障がいなどさまざまなテーマで交流会や外部講師を招いてのイベント企画などの活動をされているそうですね。今年の3月には、ジェンダーのERG主催で、「パラレルキャリア」をテーマにしたオンラインセミナーが開催され、年見さんが登壇されました。

「パラレルキャリア」をテーマにしたオンラインセミナーで登壇した年見さん(左から3人目)

 ERGの各グループには、所属に関係なく自由に参加できます。ERGによってもさまざまですが、ジェンダーのERGでは、チームで四半期に1回のイベント開催を目指し、企画ごとに3~4人程度がプロジェクトメンバーになり、それぞれが1年ぐらいかけて自分たちのイベントを開催しています。今回は3月の「国際女性デー」に合わせる形で、ジェンダーのERGチームが企画を進めました。その中で、わが社にも正社員も派遣社員もいる中で、幅広い方に受け入れられるテーマとして「パラレルキャリア」のテーマが上がったようです。

 (年見さんは、高校バレーボール部のマネジャーを務めた娘さんの保護者としての、高校生たちとの交流や若者支援への関心、「寮母」という夢などについて語った)

 パラレルキャリア研究所の慶野(英里名)さんがおっしゃっていましたが、「パラレルキャリア」というのは、仕事として複数のことを掛け持ちするというだけの意味ではなくて、趣味や私生活も含め、複数の軸足を持つこと。私もすごくうれしくて、励まされたような気持ちになれたイベントでした。

 ただ、1つ勘違いしないように気を付けなければいけないと思ったのは、手帳の「空白恐怖症」のように、予定を詰め込んで忙しくしていることで自分が充実していると考えてしまうこと。忙しくしていることじゃなくて、「何がしたいか」「何をしているときに自分が楽しいのか」というのを明確にして、本業とは別のものとして取り組むのが大事なのではないかと。あえて空白を作ってそういったことを考える時間を持つのも大事なのかなと思っています。

 あの時私が「将来寮母になりたい」と話したので、社内でも皆から、寮母寮母と言われています。私もその夢を広く発信できたことがすごくうれしかったんです。というのは、「ランスタッドの西日本本部長なんだから、この会社でもっとすごいことをしないといけない」というかせみたいなものが、勝手に自分の中にあったんです。でも先行き、実際にやりたいのは、全く異なる分野の寮母みたいなお仕事。「したいことをしていいんだ」ってみんなも思ってくれたんじゃないかなと思います。また、外資系の企業勤めというと、キャリアを積んで転職して給与を上げていくというイメージも強いようなのですが、その点も“多様性”なんだということを、身をもって言えたのではないかと思います。

 一方で、わが社も、管理職に占める女性の割合が40%という目標に向かって取り組みを進めています。女性のキャリアアップについては、早い段階でのマインドセットも大切です。女性ってどうしても、「チャレンジしてみない?」って一度や二度言われてもなかなかチャレンジしない傾向があります。何十回でも声掛けして、背中を押さないと進めない傾向があるので、女性の比率を増やしていくためのたゆまぬ取り組みは重要だと感じています。

――寮母さんになることを夢見る年見さんが、わが子やその仲間たちと交流の中から、仕事に生かせた思いなどはありますか?

 精神的な面でものすごくもらっていると思います。仕事の時って、本当に悔しいことや理不尽なことが多くても、表に出せずに頑張るしかありません。でも子どもたちは、例えばチームのレギュラーから外されたりすると、素直に泣きます。そんな経験を持っていることは、社会に出たときに非常に大きいと思うんです。大人も、悔しい時に、泣くことはできなくても、しっかり表情に出すべきだなと思いました。そうしないと伝わらないんだなということを、子どもから学びました。