インバウンド(訪日客)拡大策として、観光庁が注目するのが海外の富裕層。旅行に費やす1人当たりの消費額が大きく、人数は訪日客全体の約1%だが、消費額は約14%(約6700億円、2019年時点)を占めるという。観光庁が「高付加価値旅行者」と名付けるこの富裕層を日本にどう取り込むか――。
この高付加価値旅行者に関する調査リポートをこのほどまとめたEYストラテジー・アンド・コンサルティング(EYSC、東京都千代田区)の平林知高・ストラテジックインパクトパートナーは「これまでの旅行内容の質を高め、高付加価値化する必要がある」と指摘する。具体的には「富裕層の関心が集まるウェルネスツーリズム(健康がテーマの旅行)と日本の伝統産業、歴史文化体験型旅行の質の向上が大切だ」と強調する。
調査リポートのタイトルは「ツーリズムにおける高付加価値化は何をもたらすのか?」。東京都内で4月23日、記者会見した平林さんは、観光振興策を社会に発信するコンサルタントの立場から、これからの日本の観光業発展に不可欠な富裕層の訪日客増加に向けた諸提言をリポートにまとめた。
ウェルネスツーリズムについて、平林さんは「新型コロナの感染拡大を契機に、肉体的、精神的な健康への富裕層の関心が強まっている。富裕層のウェルネスツーリズムの消費額はコロナ後右肩上がりで伸びており、今後も大きな成長が見込まれる」と説明する。
その上でウェルネスツーリズムを展開する際の日本の強みは「人間の内面をより健康にする精神的な側面からのアプローチの部分にある」と指摘。禅の思想に引き付けられたアップル創業者の故スティーブ・ジョブズ氏などの例を挙げ、日本には精神的なものへの関心が高い世界の富裕層を魅了する独自の「精神領域」が数多くあると述べた。
訪日客の座禅体験でにぎわう永平寺(福井県永平寺町)の例なども挙げ、地方に数多く存在する日本の精神文化の魅力を発信して、大都市圏に集中する訪日客を地方に誘客することにもウェルネスツーリズムは役立つとした。

また日本の伝統産業や歴史文化の体験型旅行も、世界の富裕層に日本旅行の独自性をアピールできる部分であり、特に担い手不足や衰退が顕著な伝統産業にあっては、訪日客の誘致は、再生につながる可能性を秘めているとした。うまく循環すれば外国人が伝統産業の担い手となったり、異文化、異分野の人との出会いで新たな事業が生まれたりするなど、地方の伝統産業再生に向けた好循環が期待できる、と話した。
さらに富裕層に注目してもらうには、観光ガイドや職人ら現地の人たちが、自らの地域の魅力をさらに発掘してリアルタイムな魅力を表現できる力を身に付けて、訪日客が訪れたくなる観光地として自らの地域を想起させる「唯一無二性」を構築することが必要になると主張した。
最後に平林さんは、旅行内容を高めた「高付加価値旅行」を体験した訪日客が「旅の体験を自分ごと化して世界に広めてくれる伝播(でんぱ)者になってもらうことが重要だ」と強調。このような伝播者を生まない旅行は、単なる消費者が参加しただけの従来型の旅行で、高付加価値旅行とはいえない、と率直に述べた。