ふむふむ

「旅作家 小林希の島日和」 日本が誇る漫画で地域に光を

 瀬戸内海のほぼ中央に位置し、25の島々で構成される上島町(かみじまちょう)(愛媛県)に、人口11人の高井神(たかいかみ)島がある。本土からは、同町の弓削(ゆげ)島へ行き、そこからさらに船で行く。瀬戸内の秘境ともいえる島の一つだが、「世界一の漫画島」へなろうと動き出している。

 島に船が近づくと、船内から一風変わった港の景色が目に入る。港に並ぶ建物の外観に、有名な漫画のキャラクターやワンシーンが描かれているのだ。例えば、「Dr.コトー診療所」、「GTO」、「つるピカハゲ丸」など、島内で30作品以上の壁画が見られる。歩いてみると、「この作品は小学校の時に読んだ。あ、これは高校生の時」と、懐かしさが込み上がった。

 高井神島が漫画の島へと舵(かじ)を切ったのは、島の人口が7人まで減少したことを危惧した自治会長の木村定(きむら・さだむ)さんが、東京で知り合った実業家の長谷部理(はせべ・おさむ)さんに相談を持ちかけたことからスタートする。

 高井神島を一度訪れた長谷部さんは、すっかり島に惚(ほ)れ込んで、私財を投じていくことになる。そして2016年に、知り合いの「Dr.コトー診療所」の漫画家・山田貴敏さんに協力を依頼し、無料で原画を使用させてもらい壁画にした。次第に作家同士の紹介や口コミで、原画を提供する作家が増えた。さらに漫画神社や食事処「まんが亭」、島唯一の宿泊施設である民宿「なたおれの木」などが誕生していく。

 「漫画の力は、若い世代、若かった世代、インバウンドを呼び込むきっかけになる」と話すのは、弓削島で「ゲストハウスみちしお」を経営する平田浩司さん。2020年から23年まで地域おこし協力隊として上島町で勤務して、高井神島の活性化にも携わってきた。

 24年には、馬場政典さん一家4人が移住した。「移住先を探していた中で、一度来てみたら長谷部さんが島にいて。話を聞いて、人生で二度とない経験ができるチャンスだと思い、その場で移住を告げた」と馬場さん。移住して1年、馬場さんは食事処や民宿の管理運営をするほか、今年4月27日に開校した「漫画学校」も管理を任されている。漫画学校は、廃校となった小中学校の校舎を使い、プロの漫画家らを講師に招いて基本的な漫画の描き方を教える。

 漫画学校を訪れると、一つの教室に、壁画となった数々の原画が展示され、原画を提供した漫画家の代表作がずらりと本棚に並べてあった。

 この学校で学んだ誰かの作品が、世界へ羽ばたく未来を夢みてしまう。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 19からの転載】


KOBAYASHI Nozomi 1982年生まれ。出版社を退社し2011年末から世界放浪の旅を始め、14年作家デビュー。香川県の離島「広島」で住民たちと「島プロジェクト」を立ち上げ、古民家を再生しゲストハウスをつくるなど、島の活性化にも取り組む。19年日本旅客船協会の船旅アンバサダー、22年島の宝観光連盟の島旅アンバサダー、本州四国連絡高速道路会社主催のせとうちアンバサダー。新刊「もっと!週末海外」(ワニブックス)など著書多数。