社会

比の警官15人拘束 闘鶏家34人殺害か 【水谷竹秀✕リアルワールド】

観戦者たちで盛り上がるフィリピンの闘鶏場=2012年(筆者撮影)

 フィリピンで闘鶏賭博の愛好家ら34人が次々に拉致され、行方不明になった数年前の事件が波紋を広げている。レムリヤ法相は7月4日、国家警察の現職警官ら15人が事件に関与した疑いがあるとして身柄を拘束し、取り調べを進めていることを明らかにした。

 事件の目撃者によると、行方不明者たちは殺害され、湖に沈められたという。遺体が遺棄されたとみられるルソン島バタンガス州に広がるタール湖では、沿岸警備隊による捜索がすでに始められており、人骨のようなものが入った袋が湖底から複数見つかった。14日現在、DNA鑑定が進められている。事件は警察による大量殺人に発展する可能性が浮上している。

 国家警察のトーレ長官によると、容疑者15人のうち、11人は現職の警官だった。3人は別件ですでに免職処分を受け、1人は退官している。全員が国家警察本部内で拘束されているという。トーレ長官は記者会見で「事件は極めて残虐で、到底受け入れられない。衝撃を受けている」と語り、徹底した捜査の実施を約束した。

 拉致事件が発生したのは2021年から22年にかけて。被害者34人はワイヤのようなもので絞殺され、バンで運ばれたという。遺体が沈められたタール湖は、マニラの中心部から南に約60キロに位置し、タール火山のカルデラ湖として有名だ。事件が動いたのは今年6月半ば。目撃者の1人が匿名で現地のテレビに出演し、こう証言した。

 「闘鶏賭博で不正をはたらいた人物が首を絞められた。タール湖に沈められ、生存の可能性はないだろう。被害者は100人を超えるかもしれない。犯行の様子を収めた映像も見た」

 この目撃者はマニラ市内の闘鶏場で警備員を務める男性だった。拉致事件の黒幕についても語っており、エストラダ元大統領の側近である大物実業家アトン・アン氏だと名指しした。この目撃者の情報を基に、トーレ長官は内偵を進めていた。

 一方、アトン・アン氏も、目撃者はかつての部下で、「3億ペソを支払わなければ、事件に巻き込む」などと恐喝されたとして司法当局に告訴しており、関係者による「内紛」が事件を複雑化させている。

 フィリピンでは、闘鶏賭博が一般大衆の娯楽として親しまれている。闘鶏場のリングは、中央部分に白線が2本引かれ、相撲の土俵のようになっている。調教師はそれぞれの鶏を向き合わせ、闘争心を煽(あお)って対決させる。脚には長さ数センチのナイフが装着されており、羽をばたつかせて飛び跳ね、その凶器で相手を攻撃する。今回の事件は、闘鶏の八百長をめぐるトラブルが背景にあるとみられている。

 闘鶏については過去に、こんな珍しい事件も起きている。ルソン島中部で20年、違法に実施されていた闘鶏を摘発した地元の警察署長が、鶏の小型ナイフに太もも部分を切られて大量出血し、死亡した。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 29からの転載】

水谷竹秀(みずたに・たけひで)/ ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。