未来世代がはばたくために何ができるかを考えるプロジェクト「はばたけラボ」。食べること、くらすこと、周りと関わること、ワクワクすること・・・。今のくらしや感覚・感性を見直していく連載シリーズ。THE BLUE CAMPを主催するChefs for the Blueの代表理事でありフードジャーナリストの佐々木ひろこさんが、学生たちの取り組みを紹介する。( 写真提供:Chefs for the Blue)
「私がTHE BLUE CAMPに参加して成長したと思う点は、知らないという恐怖を体感し、知ることの重大さに気がついたことです。・・・この考えの変化が学生の間にあったことが何よりもの宝だと思います」(参加した高校生メンバーの振り返りから)
THE BLUE CAMP(以下「ブルーキャンプ」)とは、シェフチームである私たちChefs for the Blue(シェフスフォーザブルー)が、今年の5〜8月に初めて実施した学生向けプログラムだ。大学生、専門学校生、高校生から募集・選抜した16名(東京・京都各8名)のミッションは、危機にある海と食について知り、考え、夏休みに6日間オープンするテーマ型レストランをゼロから作りあげること。水産経済を学ぶ大学生、シェフを目指す専門学校生、プログラミングで社会を変えたい高校生、アメリカで社会学を専攻予定の高校生など、さまざまなバックグラウンドを持つ学生たちが集い、ともに走り抜いた3カ月についてこちらで紹介してみたい。
プログラムスタートは、5月末のキックオフミーティング。以降、学生たちにはオンライン講義で海や水産資源の課題を共有し、産地フィールドワークで漁船に乗り、漁業者や流通事業者とのさまざまな対話を重ねてもらった。また並行してシェフの経営哲学を伝え、トップレストランで調理・サービス研修も行った。そしてさまざまな経験や議論をベースに、「海の未来をつくるレストラン」を彼ら自身が企画。メンター役のシェフ4人の伴走のもと、コンセプトを練り、メニューやお客さまへの「伝え方」を考え、最終的に6日間のレストラン運営までを学生だけで担当した。
たとえば東京チームがつくったレストラン”azure”では、海の課題を手が届くサイズにまでブレークダウンし、身近にある「当たり前を疑う」ことに焦点をあてた。おいしい時期だとよく説明される「旬」には、実は産卵期などたくさん捕れるだけの時期を指す場合も多いこと、スーパーの棚に並んでいる魚種だけが海に泳いでいるわけでなく、おいしく食べられる魚がもっといろいろ港に揚がっている(=一部の魚だけが集中的に食べられている)ことなど、実は「当たり前ではない」ことを伝えるためのメニューを考えたのだ。
1品目は、本来の旬を大切に産卵期の魚を守り、資源管理も適切に行っている東京湾の漁師からのスズキを使ったタルタル(前菜)。2品目はメジナやバショウカジキの尾の身など、定置網漁で揚がるのに市場で活用されづらい魚を取り混ぜて煮込み、ソースに仕上げたパスタ。3品目は海藻を食べるために「磯焼け」という問題を引き起こす原因の一つになっている藻食魚、ブダイを麺状のカダイフで包んで揚げたメインディッシュ。最後に全ての魚のアラを煮出し、無駄なく使い切るスープにして海藻ご飯にかけたものが提供された。
料理を運びお客さまに提供するサービスチームは、調理メンバーの思いはもちろん、海の課題や水産資源を守るための漁師の取り組みなども細かに、また楽しい雰囲気を盛り上げながら説明。6日間で彼らが迎えた約120名のゲストから、「感動した」「希望を感じる」「海の問題にもっと向き合っていきたい」など前向きなコメントを多数いただけたことは、彼らの努力が生んだ成果であることに間違いない。
「魚は食材としてしか見たことがなかったけれど、海の危機や漁業についてもっと知らなくちゃと思った」。「水産経済という研究分野では魚の評価軸として『味』がない。そこをもっと深掘りたい」。
今回の取り組みは、畑違いの混成メンバーだからこその多様な気づきがあったと思う。また各人が持つ知識を与え合うことができたのも、このようなチームの大きなメリットであり意義だと感じている。
一方で、課題の捉え方や伝え方に対する考え方や意見の違いが生まれたのも事実だ。「海の本当に危機的な現状を、レストランでもっとリアルに伝えなければ・・・」。「いや、レストランは楽しむ場なのだからおいしさをメインに伝えるべき」。現実世界のジレンマでもあるこの衝突を乗り越え、歩み寄り、着地させるための議論が深夜にまで及んだことも多々あった中、彼らは本当によく踏ん張ったと思う。
約3カ月という短い実施期間にもかかわらず、東京・京都ともに学生の変化は本当に大きく、また関わった大人にも新たな発見や気づきが多いなど、確かな手応えがあったTHE BLUE CAMP第1期。レストラン営業最終日を迎えた学生たちの、晴れやかで自信に満ちた表情、海の未来について語る力強い言葉、そして話に聞き入るゲストの真剣なまなざしが今も忘れられない。今後ぜひこの取り組みを2期、3期と続け、卒業生の母数を少しずつ増やしていければと考えている。
1984年に1282万トンだった日本の総漁獲量は、昨年386万トンとピーク時の1/3を大きく下回った。これは、先進国中例をみないほどの激減ぶりだ。そんな状況のなか、資源をきちんと管理して海の豊かさを取り戻し、食文化を未来につなぐために、海や水産について知る人、真剣に考え取り組む次世代の仲間をひとりでも多くつくっていきたいと考えている。海を守るためには、遠回りであるようで結局、それが1番の近道だと思うからだ。
佐々木ひろこ(ささき・ひろこ)フードジャーナリスト/一般社団法人Chefs for the Blue 代表理事
食文化や食のサステナビリティをテーマに執筆するフードジャーナリスト。企業や行政とのさまざまなプロジェクトに参画し、サステナビリティに係る活動領域は食全般にわたるが、現在特に注力しているのは海。2017年より東京・京都のトップシェフたちとともにChefs for the Blueを立ち上げ、日本の水産資源を守り食文化を未来につなぐための啓発活動を開始。2018年3月には世界最大級の海洋環境保全団体、Ocean Foundation主催のサステナブルシーフード・サミットでSeaWeb Co-Lab大賞。水産庁 水産政策審議会特別委員。
#はばたけラボは、日々のくらしを通じて未来世代のはばたきを応援するプロジェクトです。誰もが幸せな100年未来をともに創りあげるために、食をはじめとした「くらし」を見つめ直す機会や、くらしの中に夢中になれる楽しさ、ワクワク感を実感できる体験を提供します。そのために、パートナー企業であるキッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップ、ヤンマーホールディングス、ハイセンスジャパンとともにさまざまな活動を行っています。