『ロストケア』(3月24日公開)
葉真中顕の第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作を前田哲監督が映画化。
民家で老人と介護士の死体が発見され、検事の大友秀美(長澤まさみ)は、介護士が働いていた訪問介護センターで老人の死亡率が異常に高いことを突き止める。そして、容疑者として浮上したのは、介護家族から慕われる心優しい介護士の斯波宗典(松山ケンイチ)だった。
斯波は、42人を殺害した連続殺人犯として自分を裁こうとする大友に対して、自分がしたことは「殺人」ではなく、病に苦しむ本人や介護で苦労する家族にとっては「救い」だと主張するが…。
大友と斯波が、互いの“正義”をぶつけ合う緊迫した取り調べのシーンが見どころ。松山はインタビューに答えて、「男女でも言論での殴り合いが本気でできるんだなと。それを(長澤が)表現してくださったので、すごく助かったし、ありがたかった」と語っている。
そして、取り調べの中で、介護の現実、安楽死、国や行政の無力さ、親を施設に入れて安全地帯にいる傍観者、といった問題が浮かび上がる。ただしこの映画は、問題提起はするがそれに対する明確な答えは出していない。こうした問題は、そう簡単に答えが見つかるものではないからだ。
松山も「もしかすると、これは間違いなのか。それとも正しいのかという揺れみたいなものを表現しなければならなかった」と語っている。
ところで、最近の前田監督は、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(18)『老後の資金がありません!』(21)『そして、バトンは渡された』(21)といった、一つ間違えれば、単なるお涙頂戴話になりかねないような難しい題材を、あくまでもエンターテインメントとしてテンポよく描いてきた。だから、身につまされながらも、笑いながら見ていられるところがあった。
今回はそれらとは180度違う題材だったので、どう処理するのかと思ったのだが、鏡を使った演出などを用いて、実は大友と斯波はコインの裏表のような関係だと思わせるところもあり、2人の会話を通して事件を明らかにしていく社会派ミステリーとして手堅く描いていると感じた。
(田中雄二)