はばたけラボ

成長発達に関わる鼻呼吸 「かじる、なめる、しゃぶる」の動作で顎を育てて

未来世代がはばたくために何ができるかを考えるプロジェクト「はばたけラボ」。食べること、くらすこと、周りと関わること、ワクワクすること・・・。今のくらしや感覚・感性を見直していく連載シリーズ。内科医の今井一彰(いまい・かずあき)先生が「鼻呼吸のための顎づくり」について考える。

「かじる、なめる、しゃぶる」の動作がたくさんできると、口が育って鼻呼吸につながる(『Health Dentistry(健口歯科)〈2〉フレイル予防は口にあり』増田純一著、グレードルより)
「かじる、なめる、しゃぶる」の動作がたくさんできると、口が育って鼻呼吸につながる(『Health Dentistry(健口歯科)〈2〉フレイル予防は口にあり』増田純一著、グレードルより)

 「えっ? 今何とおっしゃいました?」

 思わず聞き返してしまうような質問が、会場から飛び出しました。小さなお子さんを育てている親向けの講演会でのことです。

 質問が出たのは、「子どもたちのかむ回数を増やすためにも、かみ応えのある食事を取り入れましょう」と伝えたとき。

 食材を大きく切る、リンゴやニンジンなど皮が付いたまま与える、パンなどは焼き目を付ける。日々の食材を変えなくても、すぐに取り組める食べさせ方を説明した後のことです。

 質問はこれでした。

 「食材の皮が口を育てるのに良いことは分かったけれど、フランスパンの皮もですか?」

 一瞬何のことだか分からなかった私は、返答に困ってしまいました。フランスパンに皮なんてあったかな・・・。頭を駆け巡る疑問符。よく意味が飲み込めなかったので、冒頭の質問返しとなったのです。

 その方は、こう答えてくれました。

 「フランスパンの皮は、子どもにとっては硬いのでかわいそうだからと、皮をはいで中の白い部分だけを与えていました」

 わが子を思う気持ちが伝わってきますね。だからこそ、この先回りの優しさは、子どもの体にどんな影響を及ぼしてしまうのか、知ってもらいたいと思いました。

皮が硬いから「むいて与えている」というフランスパン
皮が硬いから「むいて与えている」というフランスパン

 よくかんで鼻呼吸に

 私がかみ応えのある食材を薦めるのは、何も口の成長発達だけのためではありません。ヒト本来の鼻呼吸を促すためです。

 鼻腔の容積は、それの土台となっている上顎の大きさと深い関係があります。上顎の左右の奥歯の幅が広ければ、鼻腔の容積も広がります。つまり、より鼻呼吸をしやすい顔ができあがります。

 一方で上顎の幅が狭ければ、鼻の通り道も狭くなり、上下に細長い顔になってしまいます。これではすぐに鼻が詰まってしまい、容易に口呼吸になってしまいます。

 口呼吸は、体と心にいろいろな問題を引き起こします。

 小児期ではアレルギー性鼻炎、気管支ぜんそくなどのアレルギー疾患、繰り返す中耳炎、副鼻腔炎などの感染症。そして、いびきをかき睡眠障害、さらには情緒障害、学習障害、虫歯、歯列不正など。口呼吸だと、脳への酸素供給も減ってしまうのです。

 生きていくために一番大切な呼吸が満足に行われなければ、成長発達も十分に行えなくなくなるのは容易に想像できます。ですから、人生のできるだけ早いときに、鼻呼吸の習慣を付けてほしいのです。そのために私は、口の発達について伝え続けてきました。

 なめる、しゃぶる、かじる。

 これらをきちんと経験した子どもたちは、鼻呼吸へと育っていきます。それらの動作によって、顎がしっかりと成長するからです。

 逆に、顎の成長が十分でないと、鼻が詰まりやすくなります。これでは、食事の風味も十分に感じることができないし、味覚も衰えてしまいます。

 口は食べるため、鼻は息をするための器官であると、体で覚えることがとても大切です。だからこそ食材はもちろん、その食べ方に気を配って食事をしてほしいのです。

「かじる、なめる、しゃぶる」の動作がたくさんできると、口が育って鼻呼吸につながる1 (1) 「かじる、なめる、しゃぶる」の動作がたくさんできると、口が育って鼻呼吸につながる2 「かじる、なめる、しゃぶる」の動作がたくさんできると、口が育って鼻呼吸につながる3

 冒頭のエピソードは、もう10年ほど前のことですが、この話を日本各地でしていると、「私もフランスパンの皮をむいて与えていた」という保護者が少なくないことを知りました。

 「よくかんで食べましょう」とは、胃腸に負担を掛けないようにしたり、咀嚼(そしゃく)・嚥下(えんげ)機能を成長させたりという以外に、「きちんと鼻呼吸できるように」という意味もあるのです。

 子どもたちも長いマスク生活に慣れてしまって、口がポカンと開いている割合が増えたようです。これは咀嚼筋(そしゃくきん)、表情筋の衰えを意味しています。脱マスク社会へと変わっていく今こそ、失われつつある機能を取り戻すときです。

 口と鼻を育てるために今すぐできること

 口と鼻を育てる食事の仕方をお伝えしましょう。家庭でできる簡単なことです。

 食卓から、みそ汁やスープ以外の飲み物(水、お茶、ジュースなど)を取り除いてください。実は、水分を取りながらの食事は、食材をかまずに飲み流してしまいます。これでは、せっかく食卓に皮や焼き目の付いた食材を並べても台無しです。

 「そんなことしたら喉に食べ物を詰めそうで心配」とか「水分がないと時間がかかってしまいそう」という保護者もいるでしょう。

 しかし、食事は子どもにとって、「一口でどれくらいかみ取ればいいのか」「どれくらいかめば飲み込めるのか」を習得する、学びの場でもあることを思い出してください。

 これは食育といわれますが、日々の食事とは、ただ単に栄養を取るための時間ではなく、五官を活用し、健やかに育っていく経験の積み重ねをしているのだと捉えてみてください。

 コスパや高効率が叫ばれる現代であっても、子どもの心身の発達には段階が必要で、時間もかかります。食事が早く済んだとしても、口呼吸になってしまい、病院に受診することが増えてしまっては、コスパが悪くなってしまいます。

 一手間かけた食材がよりいっそう美味しくなるように、将来もっと元気な体をつくっていくための“手間”だと思って、口と鼻を育てる育児にも取り組んでみてはいかがでしょうか。

 今井一彰(いまい・かずあき)
 鹿児島県出身。平成7年に山口大学医学部卒業。同大学救急医学講座入局。福岡徳洲会病院麻酔科、飯塚病院漢方診療科医長、山口大学総合診療部助手などを経て、平成18年みらいクリニックを開業。口呼吸を鼻呼吸へと改善していく「あいうべ体操」の考案者。鼻呼吸を促して健康生活へと導く息育指導士を養成する講座を主催している。クリニックのYouTubeチャンネルの登録者は1万人を超えており、SNSを通じて健康情報の提供を積極的に行っている。日本東洋医学会認定漢方専門医。認定NPO法人日本病巣疾患研究会副理事長。日本加圧医療学会理事。パフォーマンス教育協会理事。

 #はばたけラボは、日々のくらしを通じて未来世代のはばたきを応援するプロジェクトです。誰もが幸せな100年未来をともに創りあげるために、食をはじめとした「くらし」を見つめ直す機会や、くらしの中に夢中になれる楽しさ、ワクワク感を実感できる体験を提供します。そのために、パートナー企業であるキッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップ、ヤンマーホールディングスとともにさまざまな活動を行っています。