人がつまずいたり、転んだりした時、手助けできる存在でありたい――。奈良県高取町の「ポニーの里ファーム」は、障害があるため自分に最適な仕事が見つけられない人々と、後継者不足に直面する農家を結びつけ、農業・福祉・まちづくりを連携した事業を行う。統括マネジャーの保科政秀さんにやりがいを聞いた。
――ポニーの里ファームとの出合いは。
働き始めて10年になります。その前の2年間は、大学院で文化人類学を学んでいました。まちづくりをテーマに据えたフィールドワークを進める過程で、指導教員から高取町を紹介してもらったんです。修士論文に取り組むなか、今の社長と出会いました。当時のポニーの里ファームは(福祉事業に携わる)介護スタッフがマンパワーの中心だったのですが、営業職として採用されたのです。
――この仕事に飛び込み、いかがでしたか。
とても大変でした。はじめの頃は、福祉作業所と連携して進める農福連携で、障害のある人が農作業でどこまで活躍できるのだろうかと考えてしまい、可能性を感じられていませんでした。どちらかというと、障害者の仕事というものにも、プラスのイメージがなかったんです。しかし、実際に働いてみると、それぞれの人に個性や能力があって、受け入れる側がどう道筋を立てるかによって可能性が大きく広がったり、逆にしぼんだりするのだということが分かるようになりました。
農業では、野菜だけでなく奈良県が振興する薬草の生産にも取り組んでいるのですが、これは大変な作業です。野菜は種をまき長くて1年、コメなら半年少しで収穫できる一方、薬草は生薬として出せるまで1~2年。樹木の皮をむいて使用する薬草・キハダであれば、商品になるまで20年、長ければ30年かかります。生きているうちに収穫までたどりつけるかわからないものもあり、林業にも近い長いサイクルの仕事なのです。
――苦労は尽きないようですが、仕事は楽しいですか。
福祉の仕事も農業もしんどいし、つらいことも多い。土砂降りの中、森で切り出したキハダを運びながら何をしているのだろうと思うこともありますが、自分たちのやってることは未来をつくっていると信じるようにしています。確かに薬草は育つまで時間がかかりますが、20年後に僕らが出会っていない人がそれをつかって体を整えてくれるきっかけになるのだろうと。自分たちの苦労は未来につながる。そこは誇りです。
また、一緒に仕事をする障害のある方々が、ポニーの里ファームと手がけた作物や商品をすごく好きでいてくれることがとてもうれしい。ご家族で買ってくれたり、お土産に使ってくれたり。笑顔で「私がつくったモノはどこそこで売られている」という話をしてくださる。未来をつくる仕事の一翼を担っていると感じてくれているのがうれしく、これからも長く長く続けていけたらと思っています。
――事業は、大きく育っていますね。
農地はどんどん広くなり、新たにハウスを建てています。薬草はポニーの里ファームの主力生産品となっており、栽培品目も最初は奈良県を代表する大和トウキだけでしたが、今はキハダ、シャクヤクなども育てています。生産者のための苗作りもやっていて、クロモジやサンショウなど約6種を出荷していますね。
オリジナルの開発商品もあります。定番のひとつがハーブソルト。日々の暮らしで使いやすい調味料です。飲み物では、ハーブティーのほか、キハダを使ったクラフトコーラ「キハダコーラ」がヒットアイテム。キハダは生薬として使う部分が黄色の薬草ですが、欧米大手の出すコーラのイメージを意識し、あえて赤と白のパッケージとしました。はやりのモノと薬草を掛け合わせ、奈良の薬草をたくさんの人に知ってもらいたい。キハダの木工製品もありますよ。
――遠くからも、たくさんの人が訪れていますね。
高取町で行う薬草のワークショップや農業体験といったイベントには、東京など関東からも訪れてくださり、ありがたいです。7月に行ったキハダの皮むきイベントは50人ぐらいの参加者のうち、8割がリピーターでした。まちづくりのために進める農業体験や、農村観光医療ツーリズムが少しずつ根付いてきたのかなと。新型コロナウイルス禍を経て、セルフケアをされる人が目立つようになり、薬草やハーブを使った飲食品を選ぶ人も増えたと感じています。
――この先の夢を教えてください。
まずは、稼げる事業にすることです。若い人が根付かないとか、担い手がいないとか、働き手がいないとか、そんな問題を克服するには、ビジネスを継続していく力が必要。また、高取町だけでなく、奈良、そして日本全国に存在する、それぞれの薬草文化や歴史をつなぎたい。ゆくゆくは日本全体の薬草文化を、次は海外に発信できればと。今は、そのための一歩を踏み出したところかと思っています。
――番外Q 「はばたけラボ」が問い掛けるテーマ、〝ヒトは「 」で人になる〞。あなたの考える「 」に入る言葉を教えてください。
興味を持ったら、体験してほしい。体験したことを忘れてもいいんです。大人になって思い出す瞬間が、いつか来るから。ポニーの里ファームの仕事を通じて子どもたちと接する機会は増えましたが、自分も、子どもたちに体験を与えるきっかけになれれば、ありがたいと思います。
薬草の世界であれば、例えばキハダ。ふだん子どもが使うことはないと思いますが、ポニーの里ファームの皮むきのイベントで体験することで、日本には長く薬草を使ってきた文化や歴史があると知ってもらうきっかけになります。
保科政秀(ほしな・まさひで) / 1988年滋賀県出身。京都文教大学臨床心理学部卒、京都文教大学文化人類学研究科 修士課程修了。奈良県のベンチャー企業を経て、有限会社「ポニーの里ファーム」に転職、現在に至る。
#はばたけラボは、日々のくらしを通じて未来世代のはばたきを応援するプロジェクトです。誰もが幸せな100年未来をともに創りあげるために、食をはじめとした「くらし」を見つめ直す機会や、くらしの中に夢中になれる楽しさ、ワクワク感を実感できる体験を提供します。そのために、パートナー企業であるキッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、雪印メグミルク、アートネイチャー、ヤンマーホールディングス、ハイセンスジャパンとともにさまざまな活動を行っています。