イーゴリ・ストラヴィンスキーといえば、「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」と続く〝三大バレエ〟で名高い、20世紀音楽に多大な影響を与えた作曲家だ。彼はロシア生まれだが、主にフランスやアメリカで活躍し、作風をたびたび変えたことでも知られている。
今回ご紹介するのは、そのストラヴィンスキーが、三大バレエと同時期の1913年、すなわち活動初期に作曲した歌劇「ナイチンゲール(夜鳴きうぐいす)」の新録音。ナイチンゲール役を歌うソプラノのサビーヌ・ドゥヴィエルをはじめとする歌手陣と、フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮/レ・シエクルなどのフランス勢を主体とした、パリ・シャンゼリゼ劇場でのライブ録音である。
アンデルセンの童話を原作とする物語は、古い時代の中国の宮廷が舞台。「病床にある皇帝は、ナイチンゲールの美しい歌声によって快方に向かう。ところが日本の使節団が機械仕掛けのナイチンゲールを献呈すると、本物のナイチンゲールは飛び去り、皇帝の病はまた悪化する。しかしやがて舞い戻ってきたナイチンゲールによって、皇帝はすっかり回復し、皆でナイチンゲールを讃(たた)える」といった内容で、そこに含まれた寓(ぐう)意や、機械仕掛けの鳥を献上するのが日本の使節団である点など、物語自体もかなり意味深い。
ただし本作は、イタリアものなどで通常イメージする朗々たるオペラではなく、むしろ〝モダンな音楽劇〟というべき作品。いわば20世紀のオペラの一つの在り方を示した作品であり、本CDもそうした新感触を味わうべきディスクといえる。加えて、全曲で46分程度ゆえに、身構えずに聴くことができるのも見逃せないメリットだ。
そして何より本ディスクは演奏が素晴らしい。中でもナイチンゲール役のドゥヴィエルの歌が見事。彼女は美麗な声で官能的に歌い、とりわけ光る高音をはじめ、どの場面も惚(ほ)れ惚(ぼ)れさせられる。特に第2幕で中心をなす「ナイチンゲールの歌」は聴きものだ。また、漁夫役のシリル・デュボアの繊細でなめらかな歌声も効果十分。その他歌手陣は端役や合唱を含めた全員が美しい。
これまで当欄で何度か取り上げたフランスの指揮者ロトが率いるレ・シエクルは、作曲当時の楽器で演奏するのが大きな特徴。ここでも20世紀初頭の楽器を用いて、やはり官能的で清新な響きを生み出しており、極めてデリケートな第1幕導入部から最後に至るまで終始耳を惹(ひ)きつける。
これはあまり顧みられないオペラだが、鮮やかで瑞々(みずみず)しい当録音は、改めて作品の意味や妙味に気付かせてくれる。こうした演奏で新たな音楽世界を知るのもCDを聴く楽しみの一つだ。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 14からの転載】
柴田 克彦(しばた・かつひこ)/音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。