-その大きな壁を乗り越えてからは、スムーズに?
スムーズだったわけではないですよ(苦笑)。自分にはまだできないところも多かったですから。一番、印象に残っているのは、演出家のショラーから「ニコラのお腹の中にある黒いダークホール、闇を感じないとこの役を演じることができない」と言われたことです。「それがないとこの舞台は絶対に失敗する。ただの家族の話になってしまう。そうした闇を抱えて、それでも一生懸命生きている。だから、そういう苦しさや黒い闇を見つけてほしい」と言われて、そこが苦労したところでした。「なぜこうなってしまったんだろう。なぜニコラはこう思うんだろう。なぜこういうせりふを言うんだろう」と、自分の芝居一つ一つを振り返って作り上げていきました。
-なるほど。では、そうした初演を経て、岡本さん自身の家族に対する思いに変化はありましたか。
父親とこれほど長い期間一緒にいたのは子どもの頃以来だと思うので、親子の関係性は縮まるかもしれないと思っていました。家族への思いという意味では、「La Mère 母」の台本を読んだときの方が変化はあったかもしれません。これまで母がどう思っていたのかをあまり考えてこなかったことに気付き、母と会う時間を大切にしよう。もっと会いに行こうと思うようになりました。
-今回は、「La Mère 母」と「Le Fils 息子」の2作同時上演です。最初にこの企画を聞いて、どんな感想を持ちましたか。
最近は、そうした企画が多くなった印象があります。父親も昨年末にシェークスピア作品の2作同時上演に出演していました。今回の作品は両作品とも役名が一緒ですが、別の家族の物語を描いています。ただ、せりふの中ではリンクする部分もある。そうした2作品を同じキャストで演じることで、きっと新しい演劇体験をお届けできるのではないかなと思います。
-改めて、「La Mère 母」の台本を読んだ感想や見どころを教えてください。
先ほども話しましたが、台本を読んで僕は自分の母を思い出しました。もしかしたら、自分の母親もこんなふうに思っていたのかもしれないなと。ゼレールのこの家族三部作は、どの作品も誰もが共感できる物語だと思います。母親役の若村さんとは初舞台から毎年、共演させていただいています。僕のことを自分の子どものように思って大切にしてくださっているので、その自分たちのつながりもこの作品には出るのではないかなと思います。実は、昨年の夏頃から、僕はこの作品の翻訳作業にも参加させていただいていて、翻訳家の方と一緒にどうしたら日本語で上演した時により伝わるようになるんだろうと、何度も読み合わせをしながら言葉を探しています。言語の壁はありますが、それをなるべく自分たちの言葉になじませようと考えています。
-先ほど、初演は自分の役を演じることに精いっぱいだったと話していましたが、今回は、どのような心持ちで稽古に臨もうと考えていますか。
一生懸命やるというのは変わりません。ただ、初演からの2年半でたくさんの経験をさせていただいて、すばらしい俳優の皆さんと共演させていただいて、すばらしい演出家の方々と一緒に舞台を作り上げてきて、たくさんのことを学べました。きっと成長できたところも多いのではないかと思います。今またこうしてニコラと向き合って演じることで、きっと全く違う作品になるのではないかという期待があります。「La Mère 母」で演じるニコラと「Le Fils 息子」で演じるニコラも全く違う役柄ですが、同時上演だからこそ感じることもあるでしょうし、見方も変わってくると思います。演じる僕たちにとっても新しい体験になるのではないかなと楽しみです。
(取材・文・写真/嶋田真己)
「La Mère 母」は、4月5日~29日に都内・東京芸術劇場 シアターイースト、「Le Fils 息子」は4月9日~30日に東京芸術劇場 シアターウエストで上演。