「初めて多様性が(人権・平等問題の文脈から)ビジネス、マクロ経済的なコンテクスト(文脈)にシフトしたことが何よりも一番大きかった」―。1999年に「ウーマノミクス」を提唱した元ゴールドマン・サックス証券副会長のキャシー松井さんは、理系大学への女性の進学を応援する山田進太郎D&I財団(東京都港区)が5月に都内で開いたイベントでそう語った。
■女性活躍度は企業の成長に直結
「ウーマノミクス」は女性(ウーマン)と経済(エコノミクス)をくっつけた造語。女性活躍の推進による経済の活性化を主眼とするこの主張は、その後、日本政府の経済成長戦略に取り入れられ、2015年9月には女性活躍推進法が施行された。同法の改正で今年4月からは、「女性管理職比率」と「男女の賃金差異」の公表を義務付けられる企業規模は、従来の従業員数301人以上から101人以上に引き下げられ、女性活躍度に関する数値の公表を求められる企業の数は増している。
キャシー松井さんが「多様性とかジェンダー(社会的・文化的な性差)という言葉は(日本の)日常会話の中ではほとんど出てこなかった」と振り返った約30年前とは異なり、女性の“活躍度”が企業の評価に直結する時代が訪れている。
■2030年に女性店長比率30%
このような企業に対する評価軸の変化を重く受け止めている経営者の1人が、不動産賃貸仲介大手エイブル(東京都港区)の吉田晴雄社長だ。
「当社の持続可能な成長にとって女性社員の活躍は欠かせません。私が経験した職場では常に女性が活躍していました。今から振り返ると、女性だから、男性だからと意識せずに私は“実力主義”で人材を登用してきました。神奈川地区の約80の店舗を統括する営業トップだった時、部下の店長の半分近くは女性でした。いまは神奈川で達成できたその水準を社全体に広げることが私の役割と自覚しています。当社は2030年に全店長に占める女性の比率を示す“女性店長比率”を30%にする目標を掲げています」
「女性管理職比率」(女性活躍推進法が公表を義務付ける管理職に占める女性の割合)は23%だ。だが、エイブルはさらにその女性管理職比率を7%上回っている目標値だ。
■トップの有言実行
現在のエイブルの全営業社員1347人(2026年8月1日時点)に占める女性営業職の割合は46.3%。女性店長は現在51人で、エイブル直営店およそ443店舗に占める「女性店長比率」は現在13.0%という。目標の30年に30%を達成するには、女性店長をほぼ倍にしなければならない。
ハードルは高そうだが、吉田社長は「必ず達成する」と即答、「飾りの数字ではない、本気の数字です」と力を込めた。この断言の背景には、多くの業界が直面する少子高齢化に伴う人手不足と、ウーマノミクスの主眼である「成長戦略としての女性活躍」をはっきり意識している点が挙げられる。
首都圏エリアの営業トップだった時代に、数多くの女性店長を誕生させた吉田社長は「当社の従業員のおよそ半分は女性です。その半分を占める女性の活躍が当社の成長にとって不可欠であることは当然の理ではないでしょうか。エイブルの将来を思えば、いま全力で女性が活躍できる環境を整えることは、当社にとって優先順位の高い経営課題です」と女性の活躍は必然的な成長戦略であることを明快に語る。
キャシー松井さんは冒頭触れた先のイベントで、女性活躍を含む多様性推進の取り組みは、日本の大企業では、人事部に委ねる場合と経営トップ自ら「Walk the talk(ウォーク・ザ・トーク、有言実行)」の行動で前に進める場合の二つに「はっきり分かれる」と話していた。
■女性活躍推進担当部長
エイブルの場合は、吉田社長自らが参画・主導する形で女性活躍推進の理念を社内に浸透させるとともに、人事部署(人材開発本部)に「女性活躍推進担当部長」を新設し、同部長以下女性3人のチームが、多くの女性従業員が「私も店長になりたい。この会社で子育てなど私生活を充実させながらキャリアも築いて末永く働きたい」と思ってもらえる具体的な施策を考え、展開している。
女性活躍推進担当部長は、店長を目指したくなる女性社員のハートに刺さる戦略を考える役割を担う。このエイブルの今後の成長を左右する重責ポストに2021年に就いたのは現在3歳児の育児をこなしている佐藤愛さんだ。店長歴15年を超える佐藤さんは抜群の営業成績でエイブルの女性管理職の道を切り開いてきたロールモデル(お手本)の1人であり、かつて吉田社長の下で働いたこともある。吉田社長が「担当部長にふさわしい人」として佐藤さんに白羽の矢を立てた。
しかし、吉田社長の期待と同じくらい、佐藤さんが感じるプレッシャーは大きかった。当初は担当部長就任をためらったという。佐藤さんはそのころをこう振り返る。
「本当に悩みましたが、店長の楽しさ、やりがい、お客さまから感謝される喜びを若い女性社員にしっかり伝えてみたいという気持ちが勝ちました。不動産仲介業は、女性が地域に根付いて長く続けられる魅力的な仕事だと思っています。また自身の結婚、育児などの経験が、同じような経験を重ねるお客さまに、寄り添ったサービスを展開する上での“財産”にもなる深みのある職業です。女性従業員が管理職の道も含め、長く働けるキャリア環境を築いていくことがわれわれ女性管理職“第1世代”の役割と思い、担当部長を引き受けました」

■両立支援策の充実
結婚、育児などの経験を仕事に生かしてもらいたいと考える佐藤さんらの発案で最近、仕事と育児を充実させる、三つの両立支援策を試行的に導入した。
小学4~6年生の子を持つ子育て中の女性社員を対象とする時差出勤の推進や妊娠時の時短勤務選択を可能とするマタニティー時短勤務制度の創設、子どもが1歳児未満時点で復職した女性社員に復職手当10万円を支給する制度の施行など、両立支援体制を徐々に充実させている。
■心の天井
佐藤さんら第1世代は現在では考えられないような理不尽な目に遭うことも多かった。支店長時代の佐藤さんは責任者でありながらお客様から「女性では頼りにならないので、男性を出してほしい」と言われたこともあった、という。
女性の地位上昇を阻む「ガラスの天井」は少しずつ割られてきたが、今の若い女性にとっては「心の天井」がより深刻な問題だと、佐藤さんは考え、具体的アクションとして入社2年目の若手社員を対象としたキャリアフォーラムの開催を企画した。「ライフイベントを経験する前、出来るだけ早い段階で、自身のキャリアについて前向きに捉え、考える機会が必要」との思いからだ。

「社歴の浅い女性社員と話していると、とにかく自己効力感(やればできる、という感覚)が低い。だから不動産の仕事は性別に関係なく活躍できる職業であると認識してもらう意識改革が必要と感じています」
そこで佐藤さんが注目したのは“自己効力感”を上げるメイクアップの力。メイクは外見だけでなく、内面を見つめることにつながる心理学的な根拠があるという。23~24年度に入社した30歳以下の女性営業社員を対象に東京都内、大阪府内でそれぞれ2回、25年8~9月に計4日間開いた「キャリアフォーラム」内で座学以外の催しとしてメイクアップセミナーを開いた。講師には人気メイクアップアーティストを招いた。計202人が参加し「とても好評だった」という。
佐藤さんは「メイクは自分を表現する方法の一つであり、外見を飾るテクニックの一つですが、その表現方法を学ぶことは、その方法を使って表現したいものは何か、という自分自身の内面に向かうきっかけを必ずつくるはずです。こうした楽しみながら今後のキャリア形成を考えることにつながる催しを今後も企画していきたい」と話す。

■ロールモデルの多様性
このメイクアップセミナーのほか、100年時代を視野に入れ、経済的自立と安心を得るために早めに知っておいた方がいい「これからのお金とキャリアの関係」についての講話や、人生若手女性社員が多くの女性店長と対面する機会を設けるなどロールモデルの多様性を示すことにも力を入れている。
佐藤さんは「多様なバックグラウンドを持った女性店長がいることを知ってもらうことが大事です。私たちは、全国にいる女性店長25人に協力してもらい、若手女性社員が、いろいろな女性店長と話せる機会をつくっています」と説明する。ロールモデルの役割は、「すごい」と驚かせるのではなく、「私でもできそう」と“身近さ”を感じてもらうことで、一歩前に踏み出す人を増やすことである。若手女性社員の家族観、結婚観も十人十色であり、いろいろなタイプの女性店長と会うことで、その多様性に応じて一歩前に踏み出す若い女性社員の数は確実に増える、同時に、ロールモデルである女性管理職たちにとっても若手社員と向き合うことで、次世代につながる自身の役割、使命を実感し、自身のやりがいが高まるという相乗効果が生まれる、と佐藤さんは期待している。
■広がるダイバーシティーの取り組み
女性活躍推進担当チームの今後の課題は、エイブルを「女性活躍推進の取り組みを起点に、誰もが働きやすく活躍できる会社」にすることだ。
「いま女性活躍推進担当チームのメンバー3人はすべて女性ですが、男性社員の参画も今後必要になると考えています。女性活躍を社内でさらに前に進めていくには男性社員の意見も参考にする必要があります。その先には性別に着目した取り組みだけでなく、さまざまな属性の違いが尊重され、社員の誰もが自分らしく働ける包括的なダイバーシティーの推進が重要になると考えています。このようなそう遠くない課題も見据えながらさまざまなアプローチで女性活躍やダイバーシティーの取り組みを推進していきたい」と佐藤さんは語る。
自己効力感を上げるメイク教室の開催など佐藤さんらのユニークな取り組みは、女性活躍推進を明快に宣言している吉田社長のトップメッセージとも相まって、確実に成果を出しつつあるようだ。エイブルによると、30歳以下の女性営業社員を対象に実施した「キャリアフォーラム」の開催などで、「管理職を目指したい」女性社員は以前より6%増え、逆に「現状維持」の回答は8%減ったという。
吉田社長も「ダイバーシティー推進に特化した専門部署の設置など組織的な対応が必要なら検討したい」と述べ、女性活躍推進をダイバーシティーの包摂的な取り組みの一環として共に前に進めていくことに前向きな姿勢を示している。







