超微細なナノ(ナノは10億分の1。1ナノメートルは100万分の1ミリ)の世界を可視化し、技術革新や新製品開発に役立てようという次世代放射光施設「ナノテラス」に関するオンラインセミナーが11月22日に開かれた。立地する仙台市が主催した「放射光で広がる未来のモノづくり~『共創』で輝く「光イノベーション都市・仙台」~」。2024年の本格稼働に向け、関係者が施設の概要や活用方法、稼働への期待、既存施設の活用事例などについて語った。
発言の要旨は次の通り。
「ナノテラスへの期待~地域中小企業の立場から」
2018年にフィージビリティースタディーを行い、放射光施設で基礎的な実験をした。弊社は従業員68人の中小企業。精密加工業で電子部品や半導体関連部品を作っている。東日本大震災で被災し12年に新工場を建てて復旧、10年後に新社屋を建て発展しようというフェーズにある。
受託加工でものを作ったり、独自で技術や装置を開発したり。もの作りをした後に計測をする、究極にきれいにすることも含め、付加価値を高めようと取り組んでいる。また、いろいろなものをピカピカに磨く研磨技術を超のつく精密まで高めている。ニッチ分野なので競合があまりないが市場も小さい。ニッチ分野で技術を高めるのが、中小企業の生きる道と思っている。
研磨技術であらゆる材質、形状にナノレベルの精度を実現する。研磨は少しずつものを除去していく加工。除去量を制御することで規格公差に対しナノオーダーで精度を保証する。マイクロ、ミリのオーダーだと競合が多く、価格競争に陥るので、ナノにこだわる方がいい。「ユーザー・ドリブン・イノベーション」と名付けたが、自発的に開発するより、お客さまの声を丁寧に聞いて困っているテーマに技術開発をしてかなえる。不可能とされていた技術に挑戦し、その過程で技術が高度化したり人材育成ができたりする。技術開発の暁にはお客さまと信頼関係が生まれ、自社もオンリーワンの技術を手にでき成長していく。
精密研磨技術は、半導体、通信機器、自動車、MEMS(微小電気機械システム)、ナノテクなど、さまざまな領域に使われ、国内外4000以上の企業や研究機関に納めている。多くは産業分野だが、「はやぶさ2」のサンプル容器、ハーバード大学などが南極に設置した「BICEP3望遠鏡」など先端の研究分野でも使われている。宇宙を飛ぶものや南極で使われるとワクワクする。「はやぶさ2」は超平滑な鏡面を作る必要があるということになり、私どもで研磨し貴重な微粒子を取り出すことができた。
研磨は、研磨剤を使って低圧で対象物に押し付け、ものをわずかずつ磨くことによって形状を作る技術。ナノレベルの加工、シリコンウエハーやハイテク分野のものを磨くときも同じプロセスを用いる。品質保証、測定は世界最先端の計測機器を用い、ナノレベルで物が削れていく様子をつぶさに管理している。高付加価値のもの、他社ができないものを作る際には、このような計測器を用いてナノレベルでものが変化する様子を確認し続け、微量な削れ量を管理することで、正しい品質を作り込める。
生産性とは短い時間で価値の高いものを作ること。価値を高める鍵は計測と管理。精密に計測し管理を究極高めると、価値は段々高まっていく。自社だけではできないこともあるので、外部との連携が大事だ。
日本の製造業の要素技術は勘と経験に依存している部分が多い。現場ではノウハウや知識の蓄積があり、トライ・アンド・エラーで最適な条件を導き出している。これからはDXを活用しなければいけない。計測やセンシングを適切にやりデータを活用することが、もの作り現場のDXになっていく。中小企業でDX人材を確保するのは簡単でなく、大学や研究機関との連携が大事。
中小企業が積極的になれば、日本経済は伸びる。放射光施設で計測のチャレンジをしたときには、どう活用したらいいか分からないと思いながら、コアリションメンバーの京都大の先生にご指導いただいてやった。やってみて、いろんな人と話すことで、活用方法が見えてくる。さらに自社の技術を高度化する、ブランドとして価値を高めるために、ナノテラスを活用していきたい。
「次世代放射光を活用した新たな美容ソリューションの獲得とお客さまへの提供を目指して」
自分自身の美しさだけではなく、地球環境にも優しいものを使うことが常識だ、エコロジーであり持続可能である、という思想が急速に拡大している。お客さまの肌に良い効果を付与するだけではなく、自然破壊を起こさない、サステナブルな素材で構成されることが求められる時代に突入している。
一方、素肌を取り巻く状況は、大気汚染が世界規模で広がり、健康被害に関する報告も増加している。特にバリア機能が低下した敏感肌へのPM2.5や花粉などのアレルゲンによるダメージは深刻。これまでの化粧品がなしてきた肌への水分、油分の供給だけではなく、外的刺激から肌表面を守る機能を開発するのが重要になっていく。
空気中微粒子の付着抑制を研究課題として、今ある天然由来原料を最大限活用し、定量的な評価方法を開発した事例を紹介する。使った素材は、皮膚表面に吸着し続けるメークアップ化粧料を構成する板状の天然鉱物ベントナイト。中は約1ナノメートルの間隔でマイナス荷電部位が多数点在している。
空気中微粒子が荷電部位に吸着する特性を利用し、ベントナイトがマイナス部位を有機化合物で修飾することで、吸着抑制が可能になると考えた。種々の有機化合物を用い、2種類の有機修飾ベントナイトを作製し付着性を評価した。有機化合物の種類や修飾量を変えることで、付着抑制が向上することが分かる。
付着抑制に対しては期待した結果を得ることができたが、なぜ今回用いた有機化合物が有効だったのか、理論的に説明できない。原料がどのように膜を形成して、どのような表面構造をとっているのか、空気中微粒子との相互作用を明らかにできれば、機能の最大化や原料コストの低減、つまり安くて有用なもの作りを効果的、効率的に実現できるはずだと考えたのが、放射光活用のきっかけだった。
フィージビリティースタディーは、スピンコート成膜過程における構造発展を、分子レベルでその場計測する実験法の確立という過程を見える化する仕事。スタディー①スピンコート成膜、スタディー②Sp-8 BL05XUを活用した微小角入射、エックス線散乱のリアルタイム計測の結果を報告したい。
成膜条件のスクリーニング実験では、試料は付着抑制効果が低いベントナイト、および付着抑制に優れる有機修飾ベントナイト②、それぞれを8wt%濃度でエタノールに分散したスラリーを用いた。スピンコートを用いて回転速度3000RPMで1分間処理。走査型電子顕微鏡で、いずれも溶質分子が水平に積層した膜を形成することを確認できた。
この成膜条件を用い、ベントナイトおよび有機修飾ベントナイト②の、それぞれのGISAXS測定をした結果、有機修飾ベントナイト②では膜厚方向に規則的な構造を捉えることができた。有機修飾ベントナイト②を形成する膜は、高さ方向の周期1.44ナノメートルおよび1.07ナノメートルの表面構造を示している。材料設計をさらにブラッシュアップする上で、有益な手法を得ることができた。
フィージビリティースタディーを基に、有機修飾ベントナイト②が空気中微粒子の付着抑制に効果的に作用したことを分子レベルで考察すると、適切な高さの制御が抑制に寄与するということが考えられた。
どのように機能的な材料を作ればいいのか全く分からないところから、アカデミアの皆さまと連携することで、新しい材料の開発に一歩近づけた。今回のシーズを実用化することについても、企業と企業の競争で連携を進められると期待している。一緒に作る企業を、この瞬間から募集したい。
「放射光を活用した研究開発への着手~ナノテラス開設に向けて」
放射光に初めて着手するに当たり、ご飯、炊飯器、パックご飯という切り口で入った。どのように着手して、どのような内容で進めてきたか、今後どのような方向に向かっていこうとしているのか、説明したい。
次世代放射光施設のメンバーへ加入するきっかけは、2019年8月に高田理事長に弊社で特別講演をしていただいたこと。非常に幅広い分野に使うことができると初めて知り、技術開発または品質管理に活用できるだろうと興味を持ち、講演の翌週には加入を確定した。
加入決定のポイントは二つあり、一つは弊社の取扱商品とマッチするということ。弊社は家電から照明、食品に至るカテゴリーを扱っており、素材も幅広い。いろいろな分野の技術開発が常日頃、目の前にあるという状況で、マッチング性が良かった。それと、仙台市の青葉山に建設されているので、弊社の研究開発拠点に非常に近い、車で30分から1時間の立地条件も魅力的だった。
20年に仙台市のトライアルユース事業があったので、すぐに手を挙げSp-8を初めて利用した。炊飯器、パックご飯の仕上がりの均一性という視点でトライアルをした。出た結果をそのままにするのではなく、われわれなりにできる試験装置で追加検証も行ったり、Sp-8以外に愛知のシンクロトロン(あいちシンクロトロン光センター)なども活用したりして、深掘りを進めている。ご飯はもう一息で目標をつかむところまで見えてき始めているので、今後はご飯以外の分野でも活用を本格化し、とらえきれない内容を整理しておいて、ナノテラスが運用を開始したら一気に解明する、という絵を描いている。
ご飯というテーマを選んだ理由は、19年当初、炊飯器、パックご飯をどんどん出していこうという矢先だったが、後発メーカーとしておいしさについて技術的な課題を抱えていたから。食べておいしいという官能試験では十分な効果は出せているが、数値で定量化しようと思うと、当時の測定器では人の感覚をしっかり表現しきれず困っていた。そこでトライアルユース事業を活用し、Sp-8でどこまで見られるのだろうと入り込んだ。当時、新しい炊飯方式や低温製法米など、良かろうと思う技術は次々導入しており、しっかり解明しようと進めた。
放射光を初めて使うので最初は不安もあったが、普段仙台にいては会えない一線級の研究者と顔合わせでき、しかも事前相談からスタートさせてもらった。予備検証や設備のセットアップは先生方が段取りし、われわれは準備をして試験しに行くだけというスタイル。近隣の大学の先生方も、ナノテラスを中心としてネットワークが広がり、協力をいただいている。測定の結果、新しい炊飯器は結晶性の度合いがばらつかない、パックご飯も競合と比べ炊飯器により近いと分かった。最近では追加検証でお米を絵として見ることも進んできている。
放射光施設利用を通じて感じたのは、技術、ネットワーク、社会への反響と大きく三つ。技術については普通の分析では測れない情報が取れる。要は業界の過去の延長にはならない、新しい切り口で技術開発ができる。活用方法は無限で、まだ使っていない業界もあるので、何かを発見できれば技術先行できる。トライアルユースなど事前に施設利用を体得できる仕組みがある。一線級の研究者とのネットワークが非常に深く、あっという間につながる。それとメディアの反応が大きく、販促という意味でも効果があると感じている。ナノテラスの本格施行まで時間があるので、新規で取り組もうという企業も基盤作りの時間は十分にある。これを参考して取り組んでいっていただければと思う。