社会

ナノを可視化しイノベーションを 【次世代放射光セミナー要旨】(上) 

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 超微細なナノ(ナノは10億分の1。1ナノメートルは100万分の1ミリ)の世界を可視化し、技術革新や新製品開発に役立てようという次世代放射光施設「ナノテラス」に関するオンラインセミナーが11月22日に開かれた。立地する仙台市が主催した「放射光で広がる未来のモノづくり~『共創』で輝く「光イノベーション都市・仙台」~」。2024年の本格稼働に向け、関係者が施設の概要や活用方法、稼働への期待、既存施設の活用事例などについて語った。

 発言要旨は次の通り。

開会のあいさつ(ビデオメッセージ)

仙台市の郡和子市長。
仙台市の郡和子市長。

 東北大青葉山新キャンパスに整備が進められているナノテラスは、ナノメートルの世界を見ることができる巨大な顕微鏡に例えられ、世界最高水準の分析能力によって医薬、創薬、環境、エネルギー、食品、農水産分野に至るまで幅広い活用が期待されている。

 先日、ナノテラスの整備が決め手となって、来年のG7科学技術大臣会合が仙台で開催されることが決定した。世界の産業界、学術界から注目が集まっている。本日はナノテラスの可能性を多くの皆さまに感じていただけるよう、既存の放射光施設を活用した研究開発の事例や、ナノテラスにおける産業利用への期待、具体的な利用方法などについてご紹介いただく。

 仙台市は東北大のサイエンスパーク構想と連携し、都心部を含むエリアに研究開発拠点が集積するリサーチコンプレックスの形成に取り組んでおり、豊かな未来社会を実現する光イノベーション都市を目指している。本セミナーをきっかけに、ナノテラスの活用と併せ、本市のリサーチコンプレックスへの参画もご検討いただければ幸い。仙台から世界へ、新たなイノベーションをともに発信しよう。

「イノベーションのエンジンとしてのナノテラス」

ナノテラスを運営する光科学イノベーションセンターの高田昌樹理事長。
ナノテラスを運営する光科学イノベーションセンターの高田昌樹理事長。

 産業界と学術がイノベーションのエコシステムを形成するエンジンがナノテラス。オープンイノベーションを創出する場所と考えている。放射光は加速器研究から生まれた。電子を加速器の中に入れ、光のスピードで回して向きを変えると、光だけまっすぐ進む。世界には50カ所に上る放射光施設があり、日本にも9カ所ある。放射光のうち「硬エックス線」というエネルギーが高いエックス線では、兵庫県にあるスプリング8(Spring-8)が世界一。

 ところが「軟エックス線」というエネルギーが低い放射光の施設は、海外でどんどん建設され日本は後塵(こうじん)を拝している。これを一気に逆転する。科学と技術の今日を支え、明日を開く放射光。ナノの世界の原子、分子の組み合わせから機能を探り、デザインするのが科学技術のトレンドとなっている。

 ナノテラスは官民地域パートナーシップという全く新しいやり方、日本の力を結集するために考えられた方法で建設している。これまでは国だけで作っていた施設を、半分を国、もう半分を地域のパートナーそして民間企業からのお金で建設する。民間企業の方々が建設から関与し、お困りごとを持ち込んでいただく。国の共用ビームライン(実験室)の基礎研究から出てきた成果とうまく融合するためのパートナーシップ。世界にも例がない。

 世界で最も安定した輝度の高い光を供給するのがナノテラス。光を引き込んで計測するビームラインは、国がつくる共用側は3本の軟エックス線、地域パートナー側は軟エックス線3本、硬エックス線4本とバランスがとれている。国の政策目標である感染症対策、マテリアル革新力、グリーン、SDGsに対し何ができるか示して、企業の皆さまにご理解をいただく。

 ナノテラスで何が見られるのか。ダイヤモンドは微量な元素や欠陥があると色が変わる。ナノテラスが出すエックス線も、どのような原子がいるかで変わるので、微量な元素を検出できる。それを発展させると、リチウムイオン電池の電極材料であるリチウム、鉄、リン、酸化物のミクロン(1000分の1ミリ)単位の粒子の酸化状態がナノレベルで可視化され、色の変化で電池の性能が悪くなる「失活」が見られる。映像が見られるのが新しい使い方だが、ナノテラスは従来の100倍のスピード。映像は計算機シミュレーションと結びつき、シミュレーションを使って失活しない材料を探索できる。

 光は明るいだけでなく「コヒーレンス」という山と谷がそろった波を使える。現世代の放射光にもわずかにあるが、その100倍になることで可視化が可能になる。専門家にしか分からないデータを解析してモデルを出すだけだと、もの作りの人たちはピンとこない。ナノテラスはそれを可視化する。タイヤのゴムの中のシリカが凝集している様子を可視化すると、3次元画像からモデルを作ってシミュレーションできる。データ科学やAIとも結びついて、もの作りのスピードを上げられる。光を見るツールだから、電子デバイス、電池、磁気デバイス、医療、水、環境、食品、畜産、農業、漁業など、さまざまな部分で使える。

 ナノテラスを使うのに専門知識が必要か、よく問われる。われわれは、大学の先生と企業の研究者が一対一のチームを作り、厳格な情報管理の下、共同で課題解決を図る「コアリション」(有志連合)を提案している。課題を共有し成果まで持って行く途中で、スタートアップとか分析会社が支援する。

 コアリションへの加入金は一口5000万円で10年間、年に200時間ビームラインを使える。利用料は1時間3万5000円だが、課題申請は不要で成果は専有になる。技術漏洩(ろうえい)防止や自社製品のクレーム処理に対応できるようになる。140社に上る企業が手を挙げ、東北大、東京大、東京工業大、北海道大、東京理科大などの大学や、国立研究開発法人も加わっている。

 企業と大学がコアリションを形成し、水の見え方を変えることによって、タンパク質がつかないポリマーのコーティング方法を開発、ECMOの輸血チューブの血栓形成を阻害する課題解決にもつながった。仙台市が進めている(既存施設を使った)トライアルユース事業では、企業の粉末魚油の製品改良で、今の明るさでは見えない0.1ミクロン以下の粉末がナノテラスでは見えるようになる。

 見ただけで終わらせない課題解決の場として、後で東北大サイエンスパークの話が出る。さまざまな企業が一堂に会しての課題解決。ナノテラスとサイエンスパークを組み合わせることで、個人の先生、企業の個人研究者が使うだけで終わっていた放射光が、組織として、計測ベースのコミュニティーから課題ベースのコアリション形成、戦略プロジェクトの機会創出につながっている。

 コアリションに加わった企業が、新しいプロジェクトに取り組むようになった。既にフィージビリティースタディー(実行可能性調査)の成果として、さまざまな可視化に挑んでいる。現世代施設では考えられなかったことだが、自分たちの手には届かないと思われた可視化を、どんどんアカデミックパートナーの先生と進めている。ぜひナノテラスを活用してほしい。

「放射光施設を利用した特定保健用食品の開発」

江崎グリコ応用研究室(大阪市)の田中智子研究員。
江崎グリコ応用研究室(大阪市)の田中智子研究員。

 誰もが経験するう蝕(虫歯)は、2003年にWHOが全身の健康を左右する重要な因子と発表している。長寿化で中高齢者の口腔(こうくう)トラブルが増加。歯科医療費は悪性新生物などに続いて使っている。口腔の健康を維持できる食品を開発しようと、Sp-8を活用して特定保健用食品ポスカを開発した。

 初期う蝕は歯に穴が開く前の段階をいう。カルシウムやフッ素といったイオンを供給すると再生することが分かっている。歯は体の中で最も硬い組織で、非常に高い配向性を持ったハイドロキシアパタイトが並んだ構造をしている。目指したのは、この結晶構造を回復させる機能性の商品。カルシウムやリンを供給することで、ハイドロキシアパタイトを確実に回復できるかが、研究の重要な課題となった。

 歯の質はミネラル密度の分布として評価され、従来は「トランスバーサル・マイクロラジオグラフィー」というエックス線写真のような方法だったが、結晶構造や結晶の配向性を評価するのは困難だった。マイクロ単位で結晶が変化するのを、マイクロ単位で測定したい。また臨床試験を想定して、多検体を短時間で見るのはどうしたらいいか考えた。

 ヒントは高田先生の話にあった。米の結晶構造をSp-8で見ているユーザーがおり、歯の結晶構造も測定できるのではないか。当初は、広角エックス線回折と小角エックス線散乱を約6マイクロのビームを使って5マイクロステップで、歯の表面から内側にかけて測定し、結晶変化をキャッチアップできないかと取り組んだ。その結果、歯の結晶変化量を把握し、ミネラルがどの向きに抜けて戻ったか結論付けることができた。

 次に最適なカルシウム素材を探す課題に当たった。口腔内は中性だが、リン酸とカルシウムが結合し、歯に浸透するイオン化を維持しにくい。また歯質を強化するフッ化物も同時に供給したいが、フッ化カルシウム様のものが形成され、ダイレクトに歯に浸透させるのが困難だった。

 そこで有機カルシウム素材のリン酸化オリゴ糖カルシウム、ポスカに注目した。中性領域でリンと共にイオン化でき、リン酸化オリゴ糖を媒体にフッ化物も一定濃度をイオン化すると社内の研究で分かったので、効果を検討。適正なカルシウムの添加量や濃度の実験を繰り返し、最初の結晶データをSp-8で実証するに至った。

 ポスカが有意にミネラル量も結晶量も回復できた。さらに、微量のフッ化物を歯に浸透させることで結晶再生を促進することが分かり、取り込まれたフッ素がどのような形態をしているかSp-8で検証した。1ppmのフッ化物は、浸透させることで耐酸性の強い結晶物として歯の中に取り組まれることを実証できた。

 このようなデータを集め、初期う蝕で失われたものがハイドロキシアパタイト様の結晶であり、ポスカを使ってカルシウムとリンを補給してやると、ハイドロキシアパタイトが元の歯と同じ配向性を持った結晶として回復することが明らかになった。

 これらのエビデンスを用いて製品応用をした。コントロールのシュガーレスガム、ポスカが入ったシュガーレスガム、ポスカとフッ素が入ったシュガーレスガムを設計し国内試験。初級う蝕を歯に形成させたものを口腔内に装着し、1回2粒、1日3回を2週間と定めてガムを摂取してもらい、初期う蝕がどれぐらい回復するか調べた。

 Sp-8で圧倒的にアドバンスがあったのが膨大なサンプル。卓上でやったら1サンプル3日かかるが、Sp-8は数十秒で測定できるので、多検体を非常に短い時間で測定でき、製品化までの時間を確保できた。

 機能性の研究の結果、安全性と合わせて許可表示の内容を申請し、特定保健用食品としてデビューした。Sp-8利用は、製品の店頭広告やCMで、商品が確かな技術をもって作られたというPRに活用できた。