未来世代がはばたくために何ができるかを考えるプロジェクト「はばたけラボ」の新連載「弁当の日の卒業生」。「弁当の日」、その日は買い出しから片付けまで全部一人で。2001年に香川県の小学校で始まった食育活動は、約25年を経て全国に広がっています。その提唱者である竹下和男氏が「弁当の日」の卒業生の今をつづります。
▼得意料理? ないです。
受話器から聞こえてきたのは綾川町立滝宮小学校を卒業したKさんの弾んだ声でした。この20年近く会ったことがないのに、まるで校長・児童の関係だったころにタイムスリップです。町内に住むKさんの母親とは年に数度はお会いしていたので、私の近況も知っており、母親からの連絡を受け、私からの電話を待っていてくれました。私のほうも、講演会でKさんが写った写真を20年(2000回)近く使用してきたわけですから、「お久しぶり」感覚があまりありません。
Kさんは滝宮小学校を卒業後に県内の中学校・高校と進学し、台所に立つ機会はほとんどありませんでした。台所で幸せそうに奮闘してくれる母親がいたからです。でも、好きなバスケットボールを続けるために県外の大学に進学する以上、「ほぼ自炊」が必要でした。寮ではないけれど、同じ部員の先輩・後輩が多いアパート内では、自炊が当たり前でした。全国から集まった部員たちも、それを承知で入学してきています。食事を通しての体力向上や健康管理には、みんなも関心が高く実践力もありました。そんな仲間と、ときに囲む鍋料理は楽しかったそうです。結婚した夫は、料理が全くできません。でも毎日の二人の食事作りを苦痛に思ったことはありません。
私の「得意料理は?」の問いに面白い反応がありました。「それって、料理するたびに特別に喜んでもらえる料理のことでしょう。ないんです。スーパーで目に入った新鮮食材で作るのが好きです。親から届いた旬の野菜や、冷蔵庫に残っている食材で献立が浮かばないと、ネットで検索します。1・2分の動画を見れば作れます。それが私にとって、料理をする楽しさなんです」
Kさんは、「はじめに献立ありき」ではなく、「はじめに食材ありき」の料理を楽しんでいます。私が卒業生たちに贈った「弁当を作る」という詩があります。その中に次の一行があります。「あるもので作る できたものを食べる ことができた人は たくましい人です」
Kさん、あなたは「たくましい人」になっている。ありがとう。

竹下和男(たけした・かずお)/1949年香川県出身。小学校、中学校教員、教育行政職を経て2001年度より綾南町立滝宮小学校校長として「弁当の日」を始める。定年退職後2010年度より執筆・講演活動を行っている。著書に『“弁当の日”がやってきた』(自然食通信社)、『できる!を伸ばす弁当の日』(共同通信社・編著)などがある。
#はばたけラボは、日々のくらしを通じて未来世代のはばたきを応援するプロジェクトです。誰もが幸せな100年未来をともに創りあげるために、食をはじめとした「くらし」を見つめ直す機会や、くらしの中に夢中になれる楽しさ、ワクワク感を実感できる体験を提供します。そのために、パートナー企業であるキッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、雪印メグミルク、アートネイチャー、ヤンマーホールディングス、ハイセンスジャパン、ミキハウスとともにさまざまな活動を行っています。