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柳原陽一郎、新作『COME ON』を語る 若気の至りみたいな演奏のアルバムにしたかった【インタビュー】

ピアノ&ボーカル、ドラム、ウッドベースによる演奏は、しみじみと心と体にしみわたる。Photo by 金子 春(nirnor.inc)
ピアノ&ボーカル、ドラム、ウッドベースによる演奏は、しみじみと心と体にしみわたる。Photo by 金子 春(nirnor.inc)

 柳原陽一郎の新作『COME ON』がリリースされた。初のピアノ弾き語りによる前作『GOOD DAYS』(2021年5月発表)から2年弱、今回はピアノトリオでの演奏を中心としたアルバムだ。

 ともにコロナ禍のなかで制作された作品だが、“たま”時代の「さよなら人類」などのセルフカバーをはじめ、自身のこれまでとこれからに静かに向き合っているかのような『GOOD DAYS』は、世界中が得体の知れない感染症に恐怖していた2020年にレコーディング。一方、『COME ON』のレコーディングはwithコロナという考え方も普通になってきた2022年のこと。そのせいか『COME ON』は「もういいよね?」と背中を押されるような気持ちになれる曲がとても多い。もちろんこの人、柳原陽一郎の持ち味であるシニカルさや、聴くほどに寂寥感がつのるような奥行きのある曲も数多く収録されているけれども、全体的な聴き心地はポップ。ある意味、柳原陽一郎の歌の集大成とも言える11枚目のアルバムだ。

 イメージは「オヤジの新人バンド」

 ──今回はピアノトリオと、最初から決めていたのですか。

 柳原 いや、ただ緊急事態宣言の間、なぜかしらピアノの練習をしていて。そういうこともあって『GOOD DAYS』もできたわけなので。順当に考えれば次は“ピアノ+何か”なのかなって思っていましたね。実際、今回は曲作りも全部ピアノでやってたんで。

 ──それには何か理由があったのですか。

 柳原 ギターに飽きたのかな(笑)。それに僕みたいに下手くそな人はギターじゃ♪ポロ~ンポロ~ンとやるしかないけど、ピアノだと♪ポロ~ンガーン、ポロ~ンガーン、ズーンってやれば間が持つというか。あとは曲ができたばっかりで歌詞をまだ覚えてないときも、ピアノの譜面台に歌詞を置いて歌ってると、なんかこう、その場で研究してる感じがするんですよね。ライブで歌ってるときも、譜面を見ながら今日はこんな感じで歌ってみようと思ったり。ギターの場合は勢いに任せてっていうことのほうが多いんだけど、不思議にピアノは冷静になれるので。イメージとしては“オヤジの新人バンド”、という感じのアルバムが作りたかったんですよね。

 ──「初々しいオヤジ」という感じですか。

 柳原 そうそう。ベテランの歌手がちょっとジャズやってみました、みたいなうさんくささが嫌いなので。自分も含めて若気の至りのような演奏がよかったんですね。そもそも若気の至りって大好きだから。他の人のアルバムでもそういうものが好きだし。勢いのある感じというか、ちょっと失敗してても、案外そこが面白くてが記憶に残ったりするので。そもそもロックが好きだったから。ロックって若気の至りの音楽じゃないですか。

5/19からツアーがスタート。リアレンジされた“たま”時代の曲も聴けそうだ。 Photo by 金子 春(nirnor.inc)
5/19からツアーがスタート。リアレンジされた“たま”時代の曲も聴けそうだ。 Photo by 金子 春(nirnor.inc)

 今回は長考してみようと

 ──それにしてもいつも以上にさまざまな曲が収められていますが、曲作りは全体にスムーズでした?

 柳原 今回は時間のかかった曲が多いですね。例えば「BAD DAYS」は実は『GOOD DAYS』のときにも録音したんですよ。でも何度やっても上手くいかなくて諦めたの。もうね、才能のなさ爆発(笑)、ブギのピアノが上手く弾けなかったんですよね。それでバンドでなら上手くいくかもと思ってやってみたら、やっと形になったという。他にも「ロンサムジョージの独り言」「となりのクルド人」「I’M IN HEAVEN」「文鳥」、今までなら全部途中で投げ出してたと思う。

 ──ボツ曲にしたということですか。

 柳原 そんな気がする。作ってはみたものの、ライブでちょっとやってはみたものの、「なんか違うな~」「飽きた~」とか言って。でも今回はコロナってことで時間もあったし、将棋じゃないけど長考してみようと。「ロンサムジョージの独り言」にしても「となりのクルド人」「I’M IN HEAVEN」にしても、自分のなかでは切実なテーマなのに「飽きたー」「やめたー」って投げだしたら、もう老い先短いのにどうすんの?って思ったのかな(笑)。

 ──逆に言うと、これまでは切実なテーマであっても上手くいかないとやめていた?

 柳原 つまんない曲だと思ったらやめちゃってた。たぶん今までは何かのせいにしていたんだと思う。こういう曲はバンドじゃないと無理、とかね。でも今回はコロナで気分的に明日がない感じだったから、日々追い詰められてるんだから、「こんな曲ができた」ということで決着をつけていかないとヤバいでしょって。……あとは今回、♪ブンチャブンチャブンチャっていうリズムの曲が多いんだけど、そういうリズムの曲、あんまり好きじゃないんですよね。

 ──「好きだから多い」ならわかりますが(笑)。

 柳原 僕の歌詞とメロディーが♪ブンチャを呼んじゃうだけ。ピアノだと、そのリズムがすごく楽だから。だけど♪ブンチャブンチャだけだと歌ってて退屈になるから、そこを変化させて抑揚をつけていくのに苦労したんですね。「I’M IN HEAVEN」なんてできるまでに3カ月くらいかかってますから。以前は3週間が限界。

 ──それだけ時間をかけて試行錯誤した曲なら、完成したときの達成感も大きかったでしょうね。

 柳原 きっと試行錯誤するのが当たり前なんだと思う。だから達成感というより、それを今までやってこなかったんじゃないの?っていう後悔のほうが大きいかな。歌の水子たちが怖い。

 ジョン・レノンが歌いそうな歌

 ──『COME ON』は曲順もすごく聴きやすいですね。配信シングル曲の「少年Z」で景気よく始まって。

 柳原 これは景気のいいマーチを作ろうと思った曲で。コロナでライブとかできなくなって、毎日部屋で楽器を弾いてたときに思ったの、やってることが16、17の頃となんら変わりがないって。だったら、なんら変わりがないあの頃のことを歌ってみようかと思ったのがきっかけでした。

 ──「たましいさん」はジョン・レノンへのオマージュですか?

 柳原 あの曲はたしか2020年のジョン・レノンの命日の頃に作った曲です。なんかジョン・レノンについての曲を書きたかったんじゃないのかな。ジョン・レノンっぽい曲調ということでは「きみを気にしてる」(1998年、アルバム『長いお別れ』収録)が一番近いような気がするし、ビートルズっぽさという意味では“たま”のときに、そういうニュアンスを遊びでボーカルに入れてみたりしてましたけど。ジョン・レノンについての歌を歌おうと思って作ったのは初めてですね。でもすごく嬉しかった、曲ができたとき。もしかしたら、今までで一番嬉しかったかもしれない。

 ──それは、どういう嬉しさなのでしょうか?

 柳原 ジョン・レノンの歌というより、ジョン・レノンが歌いそうな歌をビートルズ風な演奏で歌えたからじゃないのかな。ああ、こんなこともできるようになれたと思えたことが、すごく嬉しかった。だから単純にあの曲を歌うときは、いつも嬉しい。そんな曲あんまりないよね。たとえば「再生ジンタ」(2013年のアルバム『「ほんとうの話」』収録、2011年の震災をきっかけに生まれた曲)とかは歌と自分の間に距離があるから、しっかり歌ってあげなきゃと思っちゃうんですよ、曲が持ってるテーマとかも大事だし。でも「たましいさん」はそういう感じじゃなくて、自分に近いというか。認めてほしい、威張りたいっていう人間の弱さみたいなものがすべて出てるのに、スマートで力を入れずに歌えてるので。そこがすごく誇らしいんですよね。

 ──ウイットのある軽やかな感じがしますね。

 柳原 そうそう。実は重いことを歌ってるんだけど。なんか「愛が答えさと言ってのける」なんて、立派なこと言った人をさらに馬鹿にして上手いこと表現できたな、みたいな。そこはちゃんと「僕もあなたの敷いたレールの上を今も走ってますよ」っていうようなニュアンスも込めてるんだけどね。それと歌詞がこうだったら、曲はこうしてっていうように、曲に陰影をつけることをやっとできるようになったと思えたとこも嬉しかった。

くじけちゃダメ、人は絶対に幸せになれる。そういう気持ちを歌いたい、と。Photo by 金子 春(nirnor.inc)
くじけちゃダメ、人は絶対に幸せになれる。そういう気持ちを歌いたい、と。Photo by 金子 春(nirnor.inc)

 登場人物たちに対して「COME ON!」

 ──その「たましいさん」を筆頭に、今回の曲には物語性があるように思いました。自分のことというよりは、映画や小説のような物語があって、それを歌っている感じというか。物語を書いてはいるけれど、自分は登場人物として出てこないというか。

 柳原 ああ……たしかに僕がいない感じはする。だって「少年Z」にしても今の僕じゃなくて、あの頃の僕たちだから。もちろん登場人物はみんな、僕にとても近しい人物だけどね。

 ──誤解を恐れずに言うと、曲との距離感が歌謡曲に近いような。

 柳原 それをしたかったんだと思う。自分が主人公であるより登場人物に語らせて、それをちょっと離れたところから見るっていう。その調整が難しかったから時間がかかったんでしょうね。例えば「I’M IN HEAVEN」にしても、女に振られた悲しい男が透明な存在になっていくって言ってる歌で。でも透明な存在になっていくって、最近の大量殺人犯が言う常套句なんだよね。この曲の主人公は、もう死んでるとは言ってるけど、そうとうヤバい男なんだよ。そういうこともちょっと盛り込みたかったんだけど、そうなると登場人物が自分だと歌の邪魔になってくるから。

 ──誰かに言わせることで自由に書ける?

 柳原 そう。今、話しながら、やっとそこまで来れたんだなあ、やっと目指すところまで来れたんだなあと思った。もともとそういう歌詞が好きだったから。ランディ・ニューマン、エルビス・コステロ、ジョン・レノン、みんなそうでしょ。なんかご褒美でここまで来させていただけたなぁって。だからこれからが大変ですよ。

 ──そういうものですか。

 柳原 どれだけ大変な労力かってことが、よくわかったので。今回はコロナ禍でちょっと時間があったから、じっくり考える時間もあったけど。これからライブも始まるし、元の生活が始まるわけですから。当然、今回ほど時間をかけられないだろうし。

 ──アルバムのラストには前作『GOOD DAYS』に収録されていた「故郷のない男(くにのないおとこ)」が、バンド編成のバージョンで収められていますね。『GOOD DAYS』でのピアノ弾き語りも素晴らしかったですけど、今回のピアノトリオ編成も甲乙つけがたく素晴らしかったです。

 柳原 コロナもやっと終わりそうな今、そういう気持ちに合う曲で締めたくて。それでコロナ禍、自分のなかで鳴ってた音楽はなんだろ?と思ったら「故郷のない男」のサビだったんですね。この曲で「心がない」って言ってるでしょ。それがどういうことかというと、ある意味、心を閉じてるってことなんですよ。本当は寂しいし、泣きたいし、怒りたいけど、それができないっていうか。それでもかけがえのない今を、あなたといることを大事にしようって気づいたと歌ってる曲なので。今、一番ふさわしい曲じゃないの?って思ったんですよね。

 ──それにしても「少年Z」で始まり「故郷のない男」で終わる。意味深長な曲順ですね。

 柳原 その間にいろいろあってね。尿が漏れたり(注「モーレ!モーレ!モーレ!」人の経年劣化を愉快に歌った1曲)、女に振られたり。そう思うと“私の人生”っていう副タイトルでも良かったのかもしれない、このアルバムは(笑)。

 ──そういうアルバムでタイトルが『COME ON』。

 柳原 おいで!ですね。「COME ON」には「頑張れ!」「行こう!」っていう意味もあるでしょ。「LET’S GO」よりも含みがあっていいなと思って。

 ──ということは、今は「行こう!」という気分ですか。

 柳原 ううん、そこはもう裏腹。「COME ON」って言える人なんて、このアルバムのなかに一人もいないと思うし。「地獄の素浪人」に至っては死に向かって一人旅だし。だから、この登場人物たちに対して、僕が「頑張れよ」って言ってるような感じなんじゃない?神の目線な感じで。……かなりダメな神様だけどね(笑)。

(インタビュー・文/高橋やや子)

『COME ON/柳原陽一郎』 

ph 4 『COME ON /柳原陽一郎』

SDR-010 ¥3,300(税込)
2023年4月1日一般発売、配信開始

●収録曲
1. 少年Z
2. ガーベラをどうぞ
3. ロンサムジョージの独り言
4. となりのクルド人
5. I’M IN HEAVEN
6. 文鳥
7. たましいさん
8. 吾妻橋
9. モーレ!モーレ!モーレ!
10. BAD DAYS
11. 地獄の素浪人
12. 故郷のない男(くにのないおとこ)COME ON VERSION

PROFILE 柳原陽一郎 

Photo by 金子 春(nirnor.inc)
Photo by 金子 春(nirnor.inc)

 1990年にバンド“たま”のメンバーとして『さよなら人類/らんちう』でデビュー。
 1995年にソロ活動をスタートさせる。人の心の機微をファンタジーや言葉遊びに託した歌詞は特にユニークで、おおらかでペーソス漂うボーカルとともに各方面より賞賛されている。これまでに11枚のオリジナルアルバムを発表。 

 ●ツアースケジュール

 「スーパースターは文鳥がお好き~柳原陽一郎『COME ON』リリース記念ツアー」
 出演)柳原陽一郎(歌とピアノ)、植村昌弘(ドラム)、千葉広樹(ベース)

 5/19(金)名古屋 TOKUZO 
 開場 18:00 / 開演 19:00 前売・予約 4,300円 / 当日 4,800円(ドリンク代別途)

 5/20(土)岡山 城下公会堂 
 開場 18:30 / 開演 19:00 前売 4,300円 / 当日 4,800円(1ドリンク代別途)

 5/21(日)大阪 ムジカジャポニカ 
 開場 18:00 / 開演 19:00 前売・予約 4,300円 / 当日 4,800円(1ドリンク代別途)

 6/7(水)渋谷 duo Music EXCHANGE 
 ゲスト)塩谷博之(クラリネット、サックス)
 開場 18:30 / 開演 19:00 前売 4,300円 / 当日 4,800円(1ドリンク代別途)