ふむふむ

建築から見る、「人間が主役」の万博の魅力 大阪公立大・倉方教授が解説

 大航海時代に世界の覇者となったポルトガルのパビリオンも隈さんが手がけた。船のロープを上からわざとだらりと垂らしているので、子供が面白がって登ろうとする。警備員が注意していたが、先日、短く切られた。ふつうの建築家はこういう部分を最初からきれいに切るが、そうすると人は近寄らなくなる。物のように垂れているから、子どもや人間が、まとわりつく(魅力が生まれる)。AIにはできないことだ。

だらーんと垂れる船のロープが魅力となっているポルトガルのパビリオン

 小山薫堂さんがプロデュースしたシグネチャーパビリオンの「アースマート」も隈さん。全国5カ所から茅を集め、ブロック状に積み上げた。横から見ると、プレハブの小屋に斜めに鉄骨をかけて乗せているのが丸わかりだ。ふつうはこんな「種明かし」を隠そうとするが、隈さんは建築家やデザイナーがこだわりがちな細部を社会の人が本当に求めているのだろうかと疑い、建築を行っている。

全国から集めた茅をブロック状に積み上げた屋根のアースマート。分かりやすく自然が伝わる

▽想像力で「突き破る」

 伊東豊雄さんが手掛けたEXPOホール・シャインハットは、70年万博の「太陽の塔」のオマージュだ。当時、丹下健三さんが設計したお祭り広場の中をぶち破るように岡本太郎さんが太陽の塔を作ったが、制限や規制を打ち破るエネルギーがあった。

 今回の万博で、各国のパビリオンが一堂に会している光景が見えるのは、各パビリオンに大屋根リングの高さを超えないよう規制がかけられているから。ガンダムも規則を守るため、膝をついている。(上部の金色のリングを見上げると、下部が反射し、建物がリングより高く上に伸びているように映っている)シャインハットは、藤本壮介さんの頭の中の「規制」を打ち破っているようにも見える。物理的な高さではなく、建物を見る人の想像力で、「(リングを)突き破っている」ように感じさせているのだ。

黄金部に下にある建物が映り、空高く伸びているように想像できるシャインハット

 従来、「想像力」は建築家の領域でなかった。しかし、どんな独裁者も、人間の想像力や頭の中で考えることは規制できない。伊東さんは84歳だが、変わっていない。こういう建築家たちがいるからこそ、後の世代も脈々と続いていく。

 また、1970年の万博は男性の建築家しかいなかったが、不思議に思う人はいなかっただろう。今回の万博も、日本国籍の建築家しか設計していないので、後世には「閉じた万博」だったと思われるかもしれないが、少なくとも、女性建築家は参加している。

 永山祐子さんが担当したウーマンズパビリオンは、ドバイ万博で日本館を構成していたパーツを再利用した。従来の堂々とした柱張りの建築ではなく、しなやかで、足元は水の中や緑の中から建っている。通常の柱だと、暴力的で水や緑とは合わないが、細い部材が組み合わさり、風などをうまく流している。

ウーマンズパビリオンのパーツは2027年の国際園芸博覧会でもリユースされる【(C)Expo 2025】

 「SDGs」というと(厳しめの)義務のようだが、今回の万博では、リユースだからこそ面白いデザインになったり、全く新しい手法ができたりすることが示されている。ウーマンズパビリオンは、2027年に横浜で行われる国際園芸博覧会で、もう一度組み替えて使われる。こうしたリユースは、170年余りの万博の歴史でも初めてのことだ。

▽批判だけでは成長も進歩もない

 若手の建築家集団が作ったトイレも、開幕当初は使い方が分からず、列ができたが、最近は使い方が浸透した。なぜ混雑したかというと、入口と出口が違うから。最初の扉から入った人が出てこず、裏側に出口がある。使用した人が出ると扉のランプが消え、次の人が入る。トイレを済ませた人だけが、自然を再生した癒やしの空間で手を洗い、気持ちよく外に出る仕組みだ。

 「それで間違った人がいたらどうするんだ」「倒れたらどうするんだ」など、いくらでも文句が言えるが、批判や文句だけだと成長も進歩もない。

 今回の万博では(そんな場での挑戦を)若手建築家にやらせている。彼らは公共的なものを作った時の反応を身をもって学び、次の建築物をつくっていくだろう。

大阪城に使われなかった残念石を部材に使ったトイレ。残念石の存在が国内外に知られるきっかけにもなる

 ネットで炎上した「残念石」のトイレについても話しておく。大阪城築城のために切り出されたものの、役に立てられず瀬戸内海に残された石を、「使われなくて残念だから残念石」と石垣の研究者が名付けた。それを万博会場のトイレの部材に使っている。残念石の上にある屋根は、石の形をレーザースキャンした上で、伝統技術を使い、人間では不可能な精度で石に密着、安定させることができた。技術が進歩したからこそ、今まで使えなかった自然の素材が使えるようになった。「今」であり「未来」だといえる例だ。

 今回の万博には、分かりやすい未来ではないけれども、確実に万博会場でしかできないチャレンジや体験があり、これが万博の意義だ。それこそが、世界の今のありようの反映だと思う。


倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)

1971年、東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒、同大学院修了、博士(工学)。2023年、大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本最大級の建築イベント「東京建築祭」の実行委員長、「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」の実行委員などを務め、著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)ほか。日本建築学会賞(業績)、日本建築学会教育賞(教育貢献)、グッドデザイン賞グッド・デザインベスト100など受賞。