さまざまな角度から眺めて楽しみたい彫刻のような建物
そろそろ海外旅行、したいですよね。美術館巡りなんて、最高です。世界には、建物自体がアートとして見事な造形美を表現している美術館がたくさんありますからね。スペインのビルバオにあるグッゲンハイム美術館、メキシコシティのソウマヤ美術館、オーストリアはグラーツにあるクンストハウス・グラーツ等々、街のランドマークとして確かな存在感を示し、アートとして見る人の目を楽しませてくれています。
でも、ちょっと待ってください。2020年、東京・西新宿にも、文化・芸術を発信する新たな「アートランドマーク」が誕生したのをご存知ですか? その名は『SOMPO美術館』。日本初の高層階美術館として親しまれた「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」が、本社ビルに隣接する、独立した美術館棟として新設され、シンプルなネーミングで生まれ変わったのです。行けない海外を夢見るよりも、自国の良いものを再発見。それがwithコロナの時代のトレンドです。
新宿駅から徒歩5分。損保ジャパン本社ビルに向かって歩いていくと、変わった形のグレーの建物が見えてきます。丸みを帯びた直方体とでも言いましょうか。まるで彫刻のような建物です。同社にゆかりの深い東郷青児の作品からインスピレーションを得た柔らかな曲線をモチーフに、垂直面と曲面を組み合わせたデザインは、裾広がりの本社ビルの曲線ともうまくマッチしています。1階と2階にはガラス張りの大きな開口部があり、デザイン上のアクセントに。さまざまな角度から眺めて楽しみたいほど芸術的なフォルムです。このアートな建物の設計を担当したのは大成建設。建物は、地上6階・地下1階で高さ39.9m、延床面積3955.65㎡。3~5階が天井高4mの展示室で、展示室の総面積は754.9㎡です。1階はエントランスで、2階にはミュージアムショップと休憩スペースが設けられています。
玄関前の前庭に到着すると、まず目に入ってくるのが、この美術館のトレードマークとも言えるゴッホの《ひまわり》の陶板複製です。これが素晴らしい出来栄えで、絵の具の盛り上がりまで再現されている上に、ガラスの覆いなども無いため、直に手で触ることができます。複製とは言え、名画を立体的に確かめる経験なんて、なかなかできません。ちょっと恐れ多い気もしますが、そっと触ってしまいましょう。
珠玉のコレクションが見られる開館記念展
新美術館のオープンを飾るのは、開館記念展「珠玉のコレクション――いのちの輝き・つくる喜び」です。約640点近くにもなるという同館のコレクションの中から選りすぐった、エッセンスとも言うべき70点が紹介されています。この記念展は、新型コロナウイルス感染防止対策として、館内が混雑しないように1時間ごとの日時指定入場制になっており、チケットは事前に入手する必要があります。高校生以下の学生(学生証提示)と、身体障がい者手帳所持者やその介助者などは、日時指定予約の必要はありませんが、混雑状況によっては入場を待つこともあるようです。詳細は美術館のホームページを見て確認しましょう。
玄関から中に入ると、入口の近くには、新型コロナウイルス感染防止対策として、手指の消毒スプレー、そして検温システムが設置されています。37.5℃以上の発熱症状が確認された場合は入館を断られますので、体調にはご注意下さい。
観覧は上の階から下へ降りてくるというルートのため、まずはエレベーターで5階に上りましょう。本社ビル42階にあった以前の美術館と大きく変わった点は、フロアが3つになり、章立てを意識した展示ができるようになったことです。今回の開館記念展も、第1章~第6章の6つに分かれています。白を基調としたモダンな展示室は、多彩な展示構成を可能にした、可変性の高い設計が特長です。
5階の展示は、『第1章 四季折々の自然』と名付けられ、変化に富む地形と気候に彩られた日本に生まれた、大正期から平成期の画家たちの作品が12点、紹介されています。うち4点は大正・昭和期に活躍した日本画家・山口華楊の作品。中でも初期の大作《葉桜》は、虫害による欠損や皺(しわ)を全面的に修復した屏風絵で、約10年ぶりの公開となるので注目です。そのほか、東山魁夷の《潮音》や平山郁夫の《ブルーモスクの夜》など、魅力的な名品ばかりです。
5階の出口付近には、“SOMPO美術館の建築”に関するコーナーが設けられています。プロジェクト初期の検討模型も10パターンほど展示されており、建築に関心のある方なら興味深いのでは?
階段で4階に降りていくと、そこには『第2章 「FACE」グランプリの作家たち』のコーナーが。「FACE」とは、SOMPO美術館と読売新聞社が主催し、「年齢・所属を問わず、真に力がある作品」を公募しているコンクール 。2012年からスタートし、新進作家の登竜門として年々、その知名度を高めています。展示されているのは、歴代のグランプリ作品ばかりとあって、どれもハッとするような強烈なインパクトを与えてくれます。
展示は途中で『第3章 東郷青児』に変わります。東郷青児は、同館の起源に関わる重要な画家。損保ジャパンの前身である安田火災と縁の深かった東郷の作品を、収蔵品の核として開館した「東郷青児美術館」が、SOMPO美術館の始まりだからです。良く知られているのは、「東郷様式」と呼ばれる独特の美人画。コンピュータ・グラフィックスで描いたかのような優美な曲線と滑らかなグラデーションが、油彩で表現されていることに驚きます。しかし今回、最も注目すべきは、SOMPO美術館のロゴにも使われている《超現実派の散歩》でしょう。このかわいいキャラクター(?)は、1929(昭和4)年に描かれたとは思えないほどモダンです。なお、このコーナーには、東郷が原画を描いた安田火災の1936年のカレンダーなど、貴重な資料も展示されています。
3階の3つの章は本展のクライマックス
最後のフロアとなる3階は、『第4章 風景と人の営み』『第5章 人物を描く』『第6章 静物画―花と果物』の3つの章が続く、本展のクライマックスです。
『第4章 風景と人の営み』には、75歳から本格的に絵を描き始めたという米国の農婦グランマ・モーゼスやユトリロらの風景画を展示。中でもゴーギャンの《アリスカンの並木路、アルル》は特別な作品です。ゴッホに招かれてアルルに到着したゴーギャンは、20mの大きな布地を購入し、それをゴッホと分け合って使いましたが、本作品はそのキャンバスに描かれています。そして、ゴッホが同じ布地を使って描いたのが同館の《ひまわり》だと言われています。同じ布地から生まれた二つの作品が、いま日本の同じ美術館に展示されている・・・なんてドラマチックなのでしょう!
人物を描いた作品を集めた第5章は、ピカソ、シャガール、藤田嗣治、岸田劉生、ルオーなど、巨匠の作品が目白押しです。ここで注目したいのは、ルノワールの《浴女》です。過去の修復時に塗布されたニスが経年変化で黄ばんでいたため、そのニスを除去する修復作業を施しているからです。オリジナルの状態に近づいたといわれるクリアな色調は、隣にある未修復の《帽子の娘》と比較すると歴然です。
そして、いよいよ最終章の『第6章 静物画―花と果物』へ。たった2枚しかありませんが、どちらも大物です。重厚な印象を与えるセザンヌの《りんごとナプキン》は、同館自慢のコレクションのひとつ。なお、同館の展示作品は基本的に写真撮影禁止ですが、この《りんごとナプキン》、ゴーギャンの《アリスカンの並木路、アルル》、ルノワールの《浴女》と《帽子の娘》の4枚は、開館を記念して特別に撮影OKとなっています。ただし、フラッシュは禁止ですので、くれぐれもご注意あれ。
本展を締めくくるのは、もちろん、フィンセント・ファン・ゴッホの代表作《ひまわり》です。出版物やネットで見たことがある人は多いと思いますが、実物の迫力は格別。力強いタッチと精妙な色使いに目が釘付けになりそうです。筆者は、過去に2度ほど見たことがあるはずですが、これまでで一番感動しました。光の加減なのか、新しい美術館になったためか、それとも自分が変わったのか・・・。いずれにせよ、死ぬまでに一度は見るべき名品であり、何度見ても新たな発見がある傑作、それが《ひまわり》なのでしょう。
ゴッホは、花瓶入りの構図の《ひまわり》を生涯に7枚描き、現存しているのは6枚です。そのうちの1枚が日本にあり、常設展示されていることは、日本の誇りと言っても過言ではありません。日本にあこがれていたゴッホもきっと喜んでいるはずです。
数々の名画と真剣に向き合った後は、2階のミュージアムショップと休憩スペースでクールダウンしましょう。西新宿の街が見える曲線の大きな窓と、木材で装飾された高さ5mの天井が、リラックスした雰囲気を作り出しており、土日・祝日にはカフェも利用できます。ミュージアムショップでグッズを買ったりお茶を飲んだりするのも楽しいかもしれません。
“対話による美術鑑賞”はコロナ収束後に再開
SOMPO美術館の前身の「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」は、“対話による美術鑑賞”ができる美術館としても知られていました。休館日の月曜に、新宿区の小中学校の生徒たちが学校の授業として美術館を訪れ、小グループに分かれて作品を鑑賞し、その後、感想を自由に語り合うのです。率直な意見を述べ合うことで、自分には無かった視点に気付くことができるので好評だそうです。残念ながら、コロナ禍の影響で新美術館では、まだ開催されていませんが、事態が収束したら再開される予定です。
地域に密着した活動に取り組んでいることもこの美術館の特徴の一つです。
『最高の人生の見つけ方』という映画があります。人生の残り時間を意識した男性2人が、「やりたいことリスト」を作って実行していき、残りの人生を充実したものにしようとする、笑えて泣ける感動作です。新型コロナウイルスの感染拡大によって、私たちの行動は鈍くなりがちですが、逆にこんな時こそ、やりたくてもやれずにいた事を実行し、身近にありながら気が付かなかった素晴らしいものを確かめる良い機会かもしれません。あなたの「やりたいことリスト」に、「SOMPO美術館に《ひまわり》を見に行く」を付け加えてみませんか?