「感動人口、1億人」を目指す、北海道・上川町。 人から人へと伝わる熱い思いは、廃校寸前の高校をも救った!

上川町の中心部
上川町の中心部

 人が感動するのは、どんなときだろうか? 町の人と関わり、ふれ合い、その活動を目の当たりにするとき、外から訪れた人が感動を覚える町が北の大地にあるという。

 その町の名前は「上川町」。北海道のほぼ真ん中、国内最大の国立公園「大雪山国立公園」の北に位置し、広大だけれども人口約3,200人の小さな町だ。旭川から車で約1時間。豊かな自然と水に恵まれ、日本有数の温泉街「層雲峡温泉」を有し、年間約200万人の観光客が訪れる観光の町でもある。

大雪山・高原沼の紅葉
大雪山・高原沼の紅葉

 当たり前を当たり前と思わない自治体

 「町が大きく変わってきたなと感じるのは、この4~5年ですね。職員が当たり前を当たり前と思わない自治体になりました」

 そう語るのは、上川町役場 地域魅力創造課 地域魅力創造グループ 企画広報係の池端広大係長。町に何が起きたのだろうか。

 「町の魅力、価値を高めるために、積極的に外から人を受け入れたり地域の外の力を活用したりする方向に舵を切ったのです。現在は13の企業・団体・学校と包括連携協定を結んでいます」

 業者と行政の関係から、共創パートナーの関係に変化して物事が動き始めているのだという。

 「地域だけでは解決できない課題に対して、地域外にある“同じ目線で向き合ってくれる企業の力”をかけ合わせることで解決していきたいと考えているんです。それもただ組むだけの協定では意味がないので、必ず組む相手との具体的な動きにつなげています」

上川町役場 地域魅力創造課の池端広大係長
上川町役場 地域魅力創造課の池端広大係長

 

 上川町は、さまざまな企業と包括連携協定を結んで注目を集めている。世界的なアウトドアブランドのコロンビア、北海道ならではの酒造りに挑む上川大雪酒造、ハイエンド・アウトドア製品のスノーピーク、経済メディアのNewsPicks、オルタナティブスクールのインフィニティ国際学院、デザインカンパニーのグッドパッチ・・・道内・道外の企業が実際に町にやってきて、町と密接な関係を結んで活動をしている。

包括連携協定を結んでいる上川大雪酒造の「神川」はこの地域の店でないと購入できない
包括連携協定を結んでいる上川大雪酒造の「神川」はこの地域の店でないと購入できない

 

高校存続の危機に自治体と学校が連携

 大きく変わるために外部の力を活用するのは、小さな町として非常に賢い戦略だが、町にはチャレンジせざるを得ない理由があった。日本の地方自治体に共通する悩み、人口減少と地域経済の衰退だ。上川町の人口は、1960年の15,289人をピークに現在は3,200人ほどまでに減少。ピーク時には年間300万人もいた層雲峡温泉の観光客は、現在200万人ほどになり、減少傾向が続いている。危機感が町の進む方向を変え、ありかたを変えたのだ。

 池端係長が、いま最も危機感を感じているのは教育の分野だという。

 「町の中学校には陸上部とバレーボール部しかありません。子どもたちがやりたくても人数が足りなくて野球部もサッカー部も作れないんです。そして高校はもっと大変でした。北海道の規定で、高校の入学者が3年連続で20人を割ると廃校の対象になってしまうんです。町で唯一の上川高校もリーチがかかって存続危機になってしまいました」

 ただでさえ子どもが減る中、町の中学生の三分の一は旭川など大きな街の高校に進学。上川高校の生徒は減る一方だった。そこで町役場も立ち上がった。町の唯一の高校を守りたい、将来を担う子どもたちの学びの場を失いたくない、そんな強い思いに突き動かされたのだ。

 「令和2年度の末に上川高校の魅力協議会というのを立ち上げまして、『対話』を重視して高校の魅力化を進めてきました。『先生との対話』『生徒との対話』『地域との対話』です。上川高校と連携を深めながら学校のPRに努め、外部の力を活用する積極策を打ち出し始めました。包括連携協定を結んでいる企業の方々や地元の農家さんに授業に参加してもらうこともありますし、JRと組んだ高校生の車内販売体験も今年で3年目です」

 町に一つしかない高校が無くなるかもしれないという危機感は確かに大きかったろうが、高校は道立で北海道の管轄。町役場の管轄外だ。にもかかわらず、上川高校の魅力を上げるために時間をかけて「対話」を行い、さまざまなアピール策を打ち出し、実現させた役場の熱意、役場の意見を取り入れた学校の決断、いずれも驚きだ。

 「おかげさまで令和4年度には入学者が20人を超えてなんとか廃校の危機を乗り越えました。令和4年度からはアカデミックプロデューサーにも加わってもらい、より強力なサポート体制をとっています」

 崖っぷちギリギリで踏みとどまり、入学者は20人以上をクリア。令和5年度も継続し、現在、同校の生徒は3年生13人、2年生(令和4年度入学)23人、1年生(令和5年度入学)23人と増加に転じている。

上川町市街地の地図。左下に上川高校が見える
上川町市街地の地図。左下に上川高校が見える

 

「あり得ない決断力とスピード」

 役場と学校の熱い思いに共感しながら活動しているのが、アカデミックプロデューサーの、大城美空(おおしろ・みく)さんだ。アカデミックプロデューサーとは、いわゆる地域おこし協力隊。上川町では、2019年度から移住定住促進プロジェクト「KAMIKAWORK(カミカワーク)」を推進しており、町の魅力づくりを担う地域おこし協力隊のことをKAMIKAWORKプロデューサーと呼んでいる。クリエイティブ、フード、アウトドア、クラフト、コミュニティ、アカデミックと6つの分野のどれかに所属し、個人個人がそれぞれの興味関心をフックにいろんなことにチャレンジしているという。つまり、ここでも外部の力をうまく活用しているわけだ。

 大城さんは教育分野を担当するアカデミックプロデューサーの一人で、東京の教育関連企業で4年働いた後、デンマーク留学を経て、縁あってカミカワーク・プロジェクトに応募、上川町へやって来た。大城さんの仕事は、町民のウェルビーイングを高めるための、幼少期から大人までの教育や人づくりに関わるあらゆること。上川高校でも授業のサポートなどを行い先生たちに感謝されている。高校生は重要な時期ととらえる大城さんは、生徒たちの学びを深めたいと、学校と役場にひとつの提案を行った。ある授業の民間企業への委託だ。

 「他の高校で商品開発や観光開発の授業の実績がある会社だったので、私としては話を持っていくだけでしたが、先生方は年間カリキュラムの作成や予算組み、上司の説得など面倒なことが多かったはずです」  

 大城さんは恐る恐る切り出したが、現場の先生は「いいですね!」と快諾。上司の管理職の先生も、精査はしたものの前向きにとらえてくれ、池端係長の後押しもあって話しはトントン拍子に進んだようだ。学校と民間企業の初顔合わせは今年1月。ふつうは、「前例がない」「予算がない」「考えておきます」で終わりがちだが、そこからなんと2023年度4月の授業開始にまでこぎつけたのだ。引き受けた企業側の担当者も「あり得ない決断力とスピード」と、驚きを通り越して感動したという。

アカデミックプロデューサーの大城美空さん
アカデミックプロデューサーの大城美空さん

 

高校の魅力化から町全体の魅力化へ

 役場や学校の熱意が実を結び、明るい雰囲気の上川高校には今年も23人の新入生が入学した。自然環境や学校の小ささが気に入って入学した生徒が多いそうだ。しかも新入生の半分は町外から来てくれた。

 その中の一人、藤川颯大(ふじかわ・そうた)君は旭川の出身で、身体を動かすことが好きな少年だ。藤川君は地元の高校に進むつもりだったが、たまたま目にした上川高校のパンフレットを目にして、「他の高校にはない授業やイベントがあって面白そうな高校だな。ふだんの授業では学べないことを大切にしてるんだな」と心ひかれたという。役場と学校の思いが通じた瞬間だった。

 1年1組の「総合的な探究の時間」は、今年4月から札幌のマーケティング支援会社に委託されている。これこそが大城さんが提案した授業であり、藤川君が言う「他の高校にはない授業」だ。

 授業のテーマは「上川町の観光開発」。上川町の産業である「観光」に関する、高校生たちからのアイディア創出やそれを形にする作業を行っている。フレッシュな感性から生まれる「楽しい」「好き」という感覚を大切にした授業だ。時には層雲峡などの観光名所にクラス全員で出かけ、そこに何があればもっと良くなるか話し合ったり、こうしたらもっと観光客が訪れるのではと提案したりするのだという。

 担任の益井康臣先生は、授業の狙いについて「生徒たちが意外に地域のことを知らないので、町の魅力をまず知ってほしかった。そのうえで進学・就職したときにプレゼンする力、課題を解決する力をつけてほしい」と語る。

 生徒たちに授業の感想を尋ねると、平野心菜(ひらの・ここな)さんは「上川の魅力はこうだよねって話し合ったり、足りないものを見つけてそれをどうやって実現するか議論したりが面白い」と話す。小知井壱颯(こちい・いぶき)君は「ゼロから新しいことを考えるのは難しいけど、その半面、めちゃめちゃ楽しい」と言う。對馬聡美(つしま・さとみ)さんは、「長い間住んでいても知らないことがたくさんあります。そういうことを学べて勉強になりますし、数学や国語より楽しい」と笑う。全員が異口同音に語ったのはとても楽しい授業ということだった。

1年1組の(左から)小知井壱颯君、藤川颯大君、平野心菜さん、對馬聡美さん 
1年1組の(左から)小知井壱颯君、藤川颯大君、平野心菜さん、對馬聡美さん

 

1年1組担任の益井康臣先生
1年1組担任の益井康臣先生

 

 廃校の危機に立ち向かった池端係長は、上川高校に入ってきてくれた生徒たちに対して、どんな思いを抱いているのだろうか。
 「高校と地域がつながりを持つことで多様な学びの機会を創出することが出来ました。入学を決意してくれた生徒たちに僕らの思いが伝わっているのならすごくうれしいこと。上川町を選んでくれたことはひとつの『縁』。大雪山や石狩川に囲まれた自然のフィールドで思う存分、学びを深め、思う存分高校生活を楽しんでほしいですね」

 控えめな表現ながらも、喜びと感謝の気持ち、そして生徒たちへの愛情がひしひしと伝わってくる。池端係長はこうも付け加えた。

 「地域の一員として上川町を一緒に盛り上げて、上川高校の魅力化から上川町全体の魅力化につなげていけるように一緒にまちづくりを楽しみたいです!」

 

層雲峡の名所の一つ、銀河・流星の滝
層雲峡の名所の一つ、銀河・流星の滝
大雪展望台(エスポワールの鐘)
大雪展望台(エスポワールの鐘)

『大人になっても友達になれる感覚の町』

 上川町について、生徒たちはどう思っているのか。平野さんは「父が転勤族でいろんな土地に行ったので、よそと比較しても上川町は水がおいしいし、素材がいいのか給食もおいしい。だから給食の時間が楽しいです」と明かす。藤川君は「上川町では、以前住んでいた地域よりも、小学生から大人までいろんな人と関わる機会が多い。それは他の地域にはない良いところだなと思う」という。小知井君も「上川町は自然も素晴らしいんですが、『人』が魅力ですね。自分は近所の方ともすごく仲が良いので、人との距離の近さや温かさがいいと思います」と教えてくれた。

 沖縄県の石垣島出身で、東京やデンマークでも暮らした経験があるアカデミックプロデューサーの大城さんにも上川町の魅力を聞いてみた。

 「上川町の魅力は『人』だと思います。皆さんオープンなんですよね。オープンマインドがあって新しいものを受け入れることや好奇心を大事にすること、失敗を恐れない。役場の方もそうですし、学校の先生方もそうですし、地域おこし協力隊もそうです。みんなの土壌にすごくそれがある気がします。協力隊としてこれやりたいと提案した時に、頭ごなしにダメと言われたことは今まで一度もないんです。今回提案した観光開発の授業もそうです。役場がいい意味で役場らしくないですし、町の人からも、外から来たやつらが何言ってんだみたいな反応はこれまで一度もない。たまたま来たご縁ですけれども、当たりだなといつも思います」

  そういえば、池端係長に包括連携協定を結んでいる企業は上川町のどういうところに魅力を感じているのかと尋ねた時も、「よく言われるのは『人』ですね。先日来られたある大企業の方には『大人になっても友達になれる感覚の町だ』と言われました」と語ってくれた。

上川町が作ったおもてなしグッズのうちわ。観光客を迎える町民の心意気を表す6カ条が書かれている
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廃業したガソリンスタンドをおしゃれなカフェに再生したビッグスノードライブイン
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この町で本当の豊かさ、人間らしさの回復を

 熱い思いが人から人へと伝播し、地域外の人も巻き込んで好循環を生んでいる上川町。この町の秘密はどこにあるのか。どこか他の自治体と違うところがあるのだろうか。池端係長に尋ねてみた。

 「町長がよく言うのは、『人口減少はもう当たり前。ただ、この町に関わる人は増やしていきたいよね。住んでいる人は少なくても豊かな町は作れるはず』ということです。この町に関わる人といっても、いわゆる関係人口や交流人口といった枠組みを、超越したお付き合いをしていきたいということ。そこから生まれたのが『感動人口』という言葉です」

 『感動人口』とは聞き慣れない言葉だが、「上川町と関わることによって感動する人」のことで、その数を増やしていきたいのだという。

 「町のコンセプトは『北の山岳リゾート』ですが、決してよくある高級リゾート地を作りたいわけでもハコ物を作りたいというわけでもない。ただただ、この町に来ることによって、本当の豊かさ、人間らしさの回復を得てほしい。そういったまちづくりをやっていきたいということです。『感動人口、1億人へ』というミッションを掲げて全国民を巻き込んでいきたいんです」

 なんと素敵なミッションだろう。「感動」をモノサシにする町なんて聞いたことがない。感動とは、すなわち感情が揺り動かされること。なにも大げさなストーリーばかりが必要なわけではない。上川町には感動のタネがごろごろころがっている。上川町に来て大自然とふれあい、町の人とふれあえば、きっとあなたも『感動人口』の一人になるに違いない。

「大雪 森のガーデン」から望む旭岳の姿が美しい
「大雪 森のガーデン」から望む旭岳の姿が美しい

 

※上川町の魅力をもっと知りたい方は、北海道上川町のサイトまで。