老後2千万円問題が騒がれ、老後資金に関心が集まったのは記憶に新しい。年金受給年齢引き上げのニュースが続き、若者にとってはその年金が十分にもらえるかも定かではない。高齢まで働き続ける社会に変化している。
しかし、そのような中、ここ最近20~30代の男性就業者に「早期リタイア」を希望する人が増えているというデータがある。世の中の動きに逆行するように、早期リタイアを目指す若者が今増えているのはなぜか?実態と背景をみていきたい。
「早く辞めたい」若者増
パーソル総合研究所が実施する「働く10000人の就業・成長定点調査」では、2017年から毎年、全国の就業者に「人生で何歳まで働きたいと思いますか」と、リタイア希望年齢を質問している。
調査データをみると、20代の男性就業者において、リタイア希望年齢を一般的な定年よりもかなり早い「50歳以下」とした割合は、2017年は13・7%だったが、24年は29・1%にまで増加した(図表1参照)。30代の男性の就業者でも同様に、「55歳以下」が17年の14・3%から、24年は28・1%に増加している。20~30代の男性就業者において、早期リタイアを希望する人がここ8年間で2倍になっている。
【図表1】若手就業者の「リタイア希望年齢」の変化
聴取方法:「あなたは人生で何歳まで働きたいと思いますか。希望する年齢をお知らせください」という質問に対し、「15歳~100歳(1歳刻みで提示)/生涯働ける歳まで働きたい/まだ考えていない/わからない」で回答を求めた。「まだ考えていない/わからない」を除外して集計。平均年齢は、生涯現役を101歳として、15歳~100歳までの回答平均値。※括弧内数値は調査対象者数(以下同様) 出所:パーソル総合研究所「働く 10000人の就業・成長定点調査」より筆者作成
一方、20~30代の女性就業者はほとんど変化がない。元々若手女性では、結婚や出産後、夫の収入で生活することを想定し、早期リタイアを希望する者が多かった。しかし、この8年で女性活躍が進んだため、そのような想定は減少していると考えられる(第1子出産前後の妻の就業継続率は、2015~19年に出産した妻では約7割と、5年前の約5割から大幅に伸長した※1)。つまり、女性活躍に相殺されて表面上横ばいになっているだけで、女性の若手就業者にも、早期リタイア希望が増えている可能性が高い。
40代以上では、40代男性のみで早期リタイア希望者がわずかに増加傾向にあるものの、その他は横ばいであり、若者に特有の意識変化である。また、20~30代の男性就業者であれば、大企業でも中小企業でも、大卒でも高卒でも、独身でも子あり者でも同様に増えており、幅広い現象だ。
また、早期リタイア希望は、いわゆる「Z世代」のような世代特有の意識ではない。
その証拠に、20代男性の学生アルバイトと社会人を比較すると、学生アルバイトのリタイア希望年齢の平均は、24年時点で66歳と高齢で、経年変化もない。一方、同じ20代でも、社会人では早期リタイア希望者が増えている。
世代の影響ではなく、社会に出た後に早期リタイア希望が生じている。そして、そのような若手男性が年々増えているのである。
社会人の若手男性はなぜ、早期リタイアを希望するに至ったのだろうか。
FIRE願望
早期リタイアしたい理由を尋ねると、「働くことが好きではないから」が約3割と突出して多い。単純に働きたくない、あるいはプライベートや趣味を充実させたい、というのが上位の理由だ。ところが近年、このような理由は減ってきている。かわって、「リタイア後の生活のための蓄えが十分あるから」との回答が増加している(図表2参照)。
【図表2】20~30代男性が早期リタイアしたい理由(2024年)
聴取方法:「人生で何歳まで働きたいと思いますか」という設問への答えについて、そのように答えた理由を聴取。早期リタイア希望ではない回答者にも同じ選択肢を聴取しているため、早期リタイアの理由としてそぐわない選択肢も含まれる。出所:パーソル総合研究所「働く10000人の就業・成長定点調査」より筆者作成
このようなデータから、おそらく、冒頭に述べたような老後資金の不安を背景に、金融資産への投資が活発になり、FIRE(Financial Independence, Retire Early=経済的自立と早期リタイア)ブームが巻き起こった結果、資産形成し早期リタイアを狙う若者が増えていると推測される。FIREとは、投資や貯蓄などの資産形成を通して、働かずとも不労所得で生活できる「経済的な自立」を達成し、早期に退職できる状態を目指すものだ。コロナ禍による株価の割安感の影響で、24年にかけて利益が得やすい状況だったことも、「蓄えが十分にある」との回答の増加につながったのかもしれない。
また、若者のFIRE願望を強めている社会的要因は、老後資金の不安だけではないと考えられる。
例えば、雇用・労働市場の先行き不透明も影響していそうだ。終身雇用や年功序列の減少、転職の一般化が進み、若者はキャリアを自律的に考えるようになった。しかし、テクノロジーの進歩による産業構造の変化、賃金の低迷、働き方の多様化などの環境変化は急速で、キャリアの判断は難しくなった。若者にとって、シニアまで働き続けてどうなるのか、という明確で安定したビジョンを持ちづらく、不労所得を築くFIREにより惹(ひ)かれているのかもしれない。
また、シニア活躍が進み、70歳前後まで働く人が身近に増えたことを若者は目にしている。自分もこのままでは高齢まで働くことになる、と実感している。だからこそ、高齢まで働くことを免れたいと、FIREを考えるのかもしれない。
加えて、世帯状況の変化も影響がありそうだ。増加する独身世帯では、生涯の支出が少ないため、FIREしやすい。また、結婚後は共働きが増えているが、夫婦とも高収入のいわゆる「パワーカップル」では、FIREを実現しやすい。
このように、いくつもの社会的要因が重なり、若者がFIREに関心を強めていると考えられる。
そもそも…
とはいえ、「働くことが好きではないから」が早期リタイア希望理由のダントツ1位である。若手男性の早期リタイア希望者はこの8年で2倍なので、このような理由で早期リタイアを希望する若手男性もかなり増えた。FIREの認知が浸透しFIRE願望を持つ人が増えただけでなく、そもそも働くことに後ろ向きで、早く仕事を辞めたいと言う若者が増えているのでは?と懸念される。
これについては、近年、さまざまな調査で「プライベート重視」の若手の増加が示されている。例えば、新入社員に「仕事中心」か「私生活中心」か「両立」か、と尋ねると、「私生活中心」の割合が12年(6・6%)から19年(17・0%)にかけて増加している(※2)。また、11年から21年にかけて、「できれば仕事はしたくない」と答える若者(25~34歳)が約3割から約6割に増加している(※3)。働き方改革などにより、ワークライフバランスが見直された世相が反映されていると考えられる。
このような若手で強まるワークライフバランス志向も、仕事に追われる人生を回避する意識を強め、早期リタイア希望者の増加につながっている可能性はあるだろう。
労働力不足、消費に影響
ただし、若手就業者の目の前の仕事に対するやる気が低下しているわけではない。成長実感やワーク・エンゲイジメントの経年変化を見ると、この8年間で大きな変化はないのである。
若手における早期リタイア希望者の増加は、さまざまな社会的要因を背景とした、若者の「将来のキャリア・人生設計」に対する考え方の変化と言えそうだ。しかし、この傾向が続けば、労働力不足や消費への影響が懸念される。今後、若者の意識がどのように変化するのか、気になるところである。
※1 国立社会保障・人口問題研究所(2021)「第6回出生動向基本調査」https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/doukou16_gaiyo.asp(2024年8月6日アクセス)
※2 公益財団法人日本生産性本部(2019)「新入社員『働くことの意識』調査」https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/R12attached.pdf (2024年7月26日アクセス)
※3 独立行政法人労働政策研究・研修機構(2022)「大都市の若者の就業行動と意識の変容―「第5回 若者のワークスタイル調査」から―」https://www.jil.go.jp/institute/reports/2022/0213.html(2024年7月26日アクセス)
(株)パーソル 研究員 金本 麻里(かねもと・まり) 東京大学大学院総合文化研究科修了。総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
(Kyodo Weekly 2024年12月16日号より転載)