昨年9月の発足以来、菅義偉政権の支持率は下がり続けたが、この2、3カ月はほぼ横ばいで推移。「コロナの感染状況と支持率は反比例する」ともいわれるが、仮にコロナ禍収束の兆しが見えてきても、支持率が大きく上昇するとは考えにくい。4月初旬の読売新聞社の世論調査でも「菅首相にどのくらい続けてほしいか」との問いに半数近くが「今年9月の総裁任期まで」と答え、「できるだけ長く」は14%にすぎなかった。初訪米をきっかけに反転攻勢に出たい菅首相だが、この先の道のりも険しいことは間違いない。それどころか、徐々に「ポスト菅」をめぐる動きが激しくなる。
3月下旬、永田町にすさまじい解散風が吹き、地盤の安定しない議員たちに動揺が走った。菅首相が安倍晋三前首相と会談したことに加え、野党が内閣不信任案を提出すれば、「解散で立ち向かうべきだと総理に進言したい」「受けて立つ」と二階俊博幹事長が豪語したことなどが背景にある。「投開票日は5月23日になる」とまことしやかに話す議員秘書もいた。
4月に入ると、今度は菅首相が「自民党総裁選前の解散もあり得る」と公言した。衆院選で大勝し、その余勢を駆って総裁に再選されたい思惑も見え隠れするが、「単に党内の引き締めと求心力の強化のためだろう」と冷ややかに捉える議員もいる。確かに「総理との二連ポスターは使わない」(若手議員)といった声が聞かれるなど、早くも「菅離れ」が散見される。
一方、バイデン米大統領が初めて行う対面の首脳会談の相手に選ばれ、菅首相は喜びを隠せなかった。そして今回の瞬間的な「ジョー・ヨシ」関係の構築とワクチン接種の本格開始で、何とか支持率を上昇に転じたいようである。
だが、今回に限らず、菅首相が外交でも内政でも、得点を稼ぎだせると考える者は皆無に等しく、ワクチン接種をめぐっても、多くの国民に後手の印象が持たれている。
菅首相は世論調査の数字を非常に気にするという。世論調査は毎月のようにマスコミ各社によって行われ、浮き沈みがあるが、選挙結果は瞬時にして白黒がはっきりする。4月25日投開票の衆参補選・再選挙で自民党は衆院北海道2区の候補者擁立を見送り不戦敗、つまりワンアウトは決まっていた。そして「他の2選挙区でも負ければ、まさにスリーアウトで菅首相のチェンジ(交代)は近くなる」(閣僚経験者)といわれてきた。
7月には東京都議選も待ち受ける。4年前、小池百合子都知事の都民ファーストの会に大惨敗を喫した自民党は、今回は公明党と手を握ることに成功した。もっとも、補選・再選挙での苦戦に続き、都議選でも自民党が捲土(けんど)重来を図ることができなければ、「菅首相のもとでは衆院選を戦えない」「総理は『選挙の顔』にならない」との声が上がりはじめ、党内政局になる可能性が高い。
こうした「政治的薄氷」(自民国対関係者)に加え、新型コロナウイルスの感染が再び拡大し、緊急事態宣言が発令されることにでもなれば、菅政権はいっきに累卵(るいらん)の危うきに陥る。すでにその兆しはあり、「怖いのは野党などではなくコロナそのもの。第4波が到来すれば、次の衆院選で与党は前回よりも2割は票を減らすだろう」(前出の若手議員)と危惧されている。
河野家三代の悲願
ふがいない野党のおかげもあって、もしも菅首相が半年以内に行われる衆院選を何とか乗り切ることができれば、秋の総裁再選は濃厚となる。だが、この数カ月以内に「菅降ろし」が本格化した場合はもちろんのこと、たとえ再選されたとしても、その時点から「ポスト菅」をめぐる激しい動きが始まる。とっくに衣の下のよろいが見え隠れする者もいる。
最近の「望ましい次の首相」を問う世論調査で、石破茂元幹事長を抑えて堂々の1位に選ばれるのは、ワクチン接種担当も兼ねる河野太郎行革相である。歯に衣(きぬ)着せぬ発言に拍手喝采を送る国民も多く、ツイッターのフォロワー数は実に約230万人に達する。「まるでSNSを駆使できる小泉純一郎」(前出の閣僚経験者)との表現は言い得て妙である。
さすがに河野氏が菅首相の対抗馬になることは考えにくい。だが、本人も示唆するように、わずかでもチャンスがあれば、さらにいえば、みずからチャンスを作ってでも、近い将来、河野氏は必ず首相の座に挑む。首相になることは河野家三代の悲願であるといってもよいが、太郎氏は祖父や父と同じ轍(てつ)を踏まないよう気を付けているという。
河野氏の祖父・一郎氏は、言わずと知れた、日本の政治史に名を残した超大物政治家である。首相の座にあと一歩のところまで上りつめ、池田勇人首相(当時)による後継指名を期待したが、実らなかった。のみならず、佐藤栄作政権が発足して間もなく、67歳で急死した。志半ばだったためか、その真偽はともかくも、最期に「死んでたまるか」と叫んだといわれている。
一方、父・洋平氏は首相になれなかった初の自民党総裁として記録されている。1995年、社会党の村山富市首相(当時)から政権を禅譲されかけたが、自民党内で猛反対に遭い、総裁の座も降りる羽目になった。そのためであろう、「太郎氏は、権力は勝ち取るものだとの思いが強く、禅譲などは端(はな)から期待していない」(党三役経験者)とされる。
しかし、たとえ国民的な人気が高くても、河野氏の自民党内での基盤はまだまだ脆弱(ぜいじゃく)である。領袖(りょうしゅう)の麻生太郎副総理に「少々一般的な常識に欠けている」とやんわり皮肉られたこともあるし、今でも「パフォーマンスが先行し、調整や根回しに汗をかかない」(自民中堅議員)との指摘がつきまとう。さらに、河野氏が持論にしてきた「脱原発」を懸念する声も根強い。
ラストチャンスの可能性
72歳の菅首相に対し、河野氏は現在、58歳である。もしも河野氏が後継総裁になることができれば、ひと回り以上も若返る。それに加え、河野氏は自民党内の定年制を徹底するなど、思い切った世代交代を進めるかもしれない。かつて田中角栄元首相は「世代交代は保守党の革命だ」と言い放ったが、河野氏の動きに神経質になっているベテラン議員は少なくない。
安倍前首相の再々登板説にはさまざまな背景があるが、その一つに、急激な世代交代の歯止めがある。安倍氏は66歳で「老」と「壮」の中間に位置する。ただ、体調不良のためとはいえ、一度ならず二度も任期途中で政権を投げ出したため、「天変地異でも起こらない限り、さすがに三度目はないだろう」というのが大方の見方である。
次期総裁選に岸田文雄前政調会長が手をあげることは、衆目の一致するところである。昨年の総裁選で菅首相に大敗したものの、本人は「チャンスがあれば挑戦したい」と強い意欲を示し、全国行脚を続けている。
岸田氏は必ずしも国民的な人気が高いとはいえず、また党内での足腰も強くはないが、もしも安倍前首相や麻生副総理が菅首相から距離を置き、手のひら返しで岸田氏を支援すれば、曙光(しょこう)が訪れる。逆に、自民党内、そして国民の期待と支持が高まらなければ、派内でも「岸田政権の誕生は夢のまた夢、諦めよう」との声が強まりかねない。
岸田氏にとり、次期総裁選が事実上のラストチャンスになることも考えられる。それどころか、おひざ元の参院広島選挙区における再選挙の結果検証と総括次第では、首相の座はさらに遠のくことになる。林芳正元農相が衆院へのくら替えに成功すれば、早晩、宏池会が岸田派から林派に衣替えすることも十分あり得る。
河野氏と同様、石破茂元幹事長も国民的な人気は高い。だが、自民党員の中での待望論はやや弱まり、国会議員の間ではゼロに近くなっている。石破茂氏も、総裁選における三度の敗北がかなり身に染みているようであるし、もはや派閥も機能していない。「自民党が風速50メートルの逆風にでもさらされない限り、政権の芽はないだろう」(前出の自民中堅議員)と見られるほど、石破氏には厳しさが増している。
菅首相自身、長期政権は視野に入れていないと見られるものの、秋の総裁選では無投票の再選をもくろんでいる。しかし、わずか半年後のことであっても、そこに至る道のりは決して平たんではなく、あちこちに地雷が潜む。永田町は魑魅魍魎(ちみもうりょう)がすみ、首相のつまずきを待ちながら、虎視眈々(たんたん)と政権の座を狙うところであるし、嫉妬や怨念も倍加して渦巻く。
大型連休を目前に控え、まだはっきりとは見えないものの、ひそかに寝刃(ねたば)を合わす音が聞こえつつある。
【筆者】
政治行政アナリスト・金城大学客員教授
本田 雅俊(ほんだ・まさとし)
(KyodoWeekly4月26日号から転載)